小田幾五郎 『草梁話集』 について
Study of SORYOWASYU by ODA IKUGORO
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対馬藩の朝鮮語大通詞であった小田幾五郎が草梁和館について記した『草梁話集』という写本は、現在は都立中央図書館に所蔵されているものしか所在が知られていないが、かつては、「文政八乙酉年前大通詞小田幾五郎御編集 二月日詞指南役頭取小田幾五郎/朝鮮役御頭役中様」という識語を持つ、朝鮮方に呈出した書の控え本が朝鮮史編修会に所蔵されていた。呈出本は、朝鮮方にあったはずだが、現在の宗家文書の中には見出すことができず、所在不明である。また、都立本の元になった寛政八丙辰年になった書も、かつてはあったのであろうが、これも、現在となっては所在不明である。しかし、他に、『釜山府史原稿』の「倭館編上(下)」に引用されている書があり、これが、朝鮮史編修会所蔵本と同一本であるかどうかは不明ながら、都立本とは本文を異にしていることが判明した。内容大幅に増補したものとなっており、一部しか引用されてはいないのだが、四十七箇所の引用の内、都立本になく『釜山府史原稿』のみに見える記述は十二箇所である。これは、和館の規模に関することを除けば、本来は日本人には容易には知ることのできない朝鮮国側内情に触れる記述が大半である。都立本の記述とほぼ同じだが、一部増補してあるのが十八箇所で、大別して、①史料や経験の確認、②)本来、日本人が知ることが少ない朝鮮国側実状、③)朝鮮国側実状の内、特に経済的な事項、④朝鮮漢字語に対する説明などが加筆修正されているようである。残り十七箇所も、用語などに、差違が見られ、全く同じというのではない。朝鮮国側内情の大幅な増補は、小田幾五郎に、国禁を犯して朝鮮国側内情を語る者がいたからこそ可能であったのである。 『草梁話集』は、日本人が見た草梁和館をめぐる状況をよく伝えている書であり、他の草梁和館関係書目と合わせて、一連の書を集大成するときに欠くべからざる好個の資料である。都立本の該当部分に、『釜山府史原稿』の「倭館編上(下)」を対照させ、大きく相違する部分のみを取り上げて、定本『草梁話集』を作るための基礎的作業を試みた。
참고문헌 (14)
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- 長正統, "倭学訳官書簡よりみた易地行聘交渉", 史淵, 115 (1978)
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- 田川孝三, "倭館" (2002), 文芸春秋社
- 田川孝三, "日朝交易と対馬藩" (2007), 創文社
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- 鈴木棠三, "象胥紀聞" (1979), 村田書店
- "所引本『草梁話集』『釜山府史原稿』釜山市民図書館蔵書"
- "『草梁話集』日本東京都"
- "立中央図書館蔵書"
- "通訳酬酢』大韓民国国史編纂委員会蔵書"
