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公文書による韓語学所出身者たちのその後

Afterwards of Graduates of the Korean Language Training Center by official documents

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주제분류일본어와문학

초록

従来の明治初期朝鮮語教育に関する研究は、明治七年までの外交文書記録を伝える『朝鮮事務書』という限られた範囲で行なわれてきた。今回、同じく公文書という限られた資料ではあるが、より後の時代の資料にまで目を通すことにより、従来の研究において言及されていない、稽古通詞を含めた韓語学所出身者の動向を知ることができた。明治九年七月、草梁公館の稽古通詞の語学所在籍記録を「生徒理学調書」に知ることができ、東京外国語学校朝鮮語学科新設にともない草梁語学所自然消滅したとされる明治十三年に、「生徒理学調書」に在籍記録のある稽古通詞たちの、外務省および参謀本部への移動記録が目につく。また、明治十三年には、釜山草梁公館の語学所が東京語外国語学校に併合されたとされるが、実は、語学生は外国語学校に籍を置いたまま、その後も継続して釜山にて語学学習に励んだのではないかとの推察をした。そして、明治十五年の壬午軍乱、十七年の甲申政変、そして二十八年の乙未事変の、京城で起こった三度の事変で、韓語学所出身者たちも様々な場面と立場で活躍したが、特に浅山顕蔵においては、直接、それらに関わった記録が目を引いた。その他、明治三十四年「在韓邦人中、韓語精通者氏名年齢住所等取調一件」や、明治三十八年以降の韓国政府聘用記録にも、数人の韓語学所出身者に関する記録が確認された。こうした中で、国分哲の経歴や、釜山草梁公館語学所が文部省ではなく外務省所轄である記録などは、貴重であった。

참고문헌 (7)

  1. "国立公文書館アジア歴史資料センター"[URL]
  2. 韓国日本問題研究会, "『朝鮮外交事務書』 (一) - (九)" (1971), 成進文化社
  3. 島井浩, "朝鮮語通訳と時勢" (1935), 島井俊雄
  4. 小倉進平, "釜山に於ける日本の語学所", 歴史地理, 63(2), pp.67~74 (1934), 日本歴史地理学会
  5. 大曲美太郎, "釜山港日本居留地に於ける朝鮮語教育", 青丘学報, 24, pp.146~163 (1936), 青丘学会
  6. 成玧妸, "近代日本語資料としての『日韓通話』. in: 日本語学論集 3", pp.125~142 (2007), 東京大学大学院人文科学系研究科国語研究室
  7. 田阪正則, "『朝鮮事務書』にみる語学所と稽古通詞たち", 日語日文學研究, 72(3), pp.205~221 (2010), 韓國日語日文學會

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