「~てくる」「~ていく」のアスペクト的な用法について
The Usage of '-tekuru''-teiku' approach from Aspect
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초록
動詞の表わす動作や作用は、その動作や作用を全うするために一定の時間の幅を要する。そういった動作や作用を、進行の過程のなかに認識することもできれば、過程を無視して、その動作、作用の実現そのものを問題にする形で認識することもできるし、動作、作用の残す結果に焦点を置いて、その動作、作用を認識することもできる。このように動詞の表わす動作、作用の全課程をどの部分に焦点を置いて、動作、作用を把握表現するかの違いをアスペクトという。例えば、「車が走る」では、車が走る時点は現在よりも未来のことを表わすが、これが「車が走っている」になると車が走る時点が、今、現在であることがより明確になる。このように、アスペクトは動詞の文法的意味の一種であり、日本語では、動詞に補助動詞が接合するという複合化によって表わされる。アスペクトは、一般的に、「~ている」だけを思いだすが、これ以外にも、「~てくる」「~ていく」も、アスペクトの範囲に入れることができる。 「くる」は、人、物、事態などが空間的、心理的、時間的に、外部からの話し手が、内部に移動して、話し手と関連のあるものを、話し手の立場で受け入れる動詞であり、「いく」は、話し手の地点、時点を出発点または経過点にして、進行と移動が内部から外部に移動するのを表わす動詞である。このような「くる」「いく」は、両方とも、事態の変化を、空間だけでなく、時間の中で把握し、その移動を表わすものであるが、話し手の立場、または視点によって、どちらが使われるかが決まる。 本稿では、まず、日本語のアスペクトについての既存の研究を踏まえた上で、「~てくる」「~ていく」のアスペクト的な用法とその役割について考察してみた。その結果、次のような事実が得られた。「~てくる」のアスペクト的な用法としては、「出現の過程」(現われる、生まれる)、「変化の過程」(増える、すく)、「過程(動作、作用)の始まり」(予感がする、消える)、「ある時点までの継続」(続ける、生きる)等があり、「~ていく」のアスペクト的な用法としては、「消滅の過程」(消える、溶ける)「変化の過程」(増える、変わる)「ある時点からの継続」(発展させる、生活する)などがある。「~てくる」「~ていく」のアスペクト的な役割としては、「~てくる」「~ていく」の共通的な役割として、「変化の過程」を表わしている。そして、「~てくる」が「出現の過程」を表わす反面、「~ていく」は「消滅の過程」を表わしている。また、「~てくる」が「ある時点までの継続」を表わすのに対して、「~ていく」は「ある時点からの継続」を表わしている。一方、「過程のはじまり」を表わすのは、「~てくる」だけで、「~ていく」には、このような役割していないようである。
