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韓日語副詞 「むしろ」와 「오히려」의 意味硏究

韓日語副詞「むしろ」と「오히려」の意味用法に関する考察

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주제분류일본어와문학

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本稿では日本語の「むしろ」と韓国語の「오히려」を考察対象として、特に意味論の観点から両者の文法的特徴を比較分析したものである。「むしろ」はとりたて副詞の一種として、文中のある要素をとりたて、他の要素とを対比して両者がどのような関係にあるのかを問題とするという「とりたて」の機能を持っている。特に「むしろ」は、とりたてる要素である自者と対比される要素である他者を比較して、自者を選択するという「比較選択」の意味を持つと同時に、自者は発話者にとって予想外の出来事として判断するという「意外性」を持っている。このような比較選択の意味と意外性は韓国語の「오히려」にも同様に持っていることを記述した。そして、両者における比較表現(「∼のほう」「∼より」等)との関わりについて、まず、従来の研究で指摘されてきた、比較表現との共起現象は、必須的な要素ではなく、任意的なことであることを明らかにした。また、「∼より」を伴って現われる場合の様相については、従来の記述では充分ではないことを述べ、それに関するタイプが7つもあることを主張した。特に、自者が省略される場合があることを指摘したが、自者省略可能という現象は、今までの「とりたて」研究において指摘されていなかったことであり、自者省略に関する研究が要求されると思われる。さらに、「むしろ/오히려」がとりたてる要素の範囲は、他者との関係によって把握されるため、必ずしも後接要素ではなく、文脈によって決められることを述べた。つまり、「むしろ/오히려」の現われる位置と自者との関係について、一義的なものではないということである。なお、「むしろ」に見られる他者の排除に関する排他性が二つに分けられることについて、「오히려」に関しても同様な振る舞いを見せていることを指摘した。

참고문헌 (10)

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  2. 鄭芝淑, "日本と韓国のことわざの比較研究―ことわざスペクトルと比較ことわざ学―" (2007), 名古屋大学大学院博士論文
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