현대일본어의 인식적 모댈리티 형식과 의무적 모댈리티 형식에 관한 연구 -まい,かもしれない,はずだ,にちがいない와 べきだ,なければならない를 중심으로-
The Study on the Epistemic and the Deontic Modalities in Morern Japanese -Focused on mail,Kamoshirenai,Hazuda,Nichigainai,Bekida,Nakerebanaranai-
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Abstract
本稿の分析結果を大きく2つに分けることができる。「まい」「かもしれない」「はずだ」「にちがいない」についての分析結果と、「べきだ」「なければならない」についての分析結果に分けられる。まず、「まい」「かもしれない」「はずだ」「にちがいない」に対する分析結果を纏めると、次の2つの点で纏められる。①「まい」「かもしれない」「はずだ」「にちがいない」は、認識的モダリティ形式でありながら多少違う意味成分をもっている。即ち、「まい」は「推量性」の高低に基づきいくつかの意味を表すが、「かもしれない」「はずだ」「にちがいない」は「可能性」の高低によるのである。無論、このような相違もあるが、共通点としてモダリティの特徴がなくなっている場合には、「反事実的条件文」と「強調」等を表すの。②「かもしれない」「はずだ」「にちがいない」間の相違は、「かもしれない」だけが「確信」が表れない、ということである。そのため「はずだ」と「かもしれない」「にちがいない」は、「可能性0%」」「可能性高」「可能性100%」の場合だけ類似している意味なら交換できると言える。これは日本語学習の際に役立つだろう。 次に「べきだ」「なければならない」に対する分析結果は次の3つの点で纏められる。①「べきだ」と「なければならない」の共通点は、「義務」「強調」「自発」であるため相互交換できる。②「べきだ」と「なければならない」には2つの相違点がある。つまり、その1つは、「べきだ」には「自嘲․皮肉」「当然」「後悔」「反事実的条件文」という固有な意味成分を持っているが、「なければならない」には「仕方ない選択」という意味成分を持っている点である。その2番目は「べきだ」は前接語として「動詞基本形の肯定形」だけをとり、「なければならない」は「名詞、形容詞、動詞などの否定形」をとるため、「べきだ」の場合が前接語に制限が多い、という点である。 以上の結果を再び巨視的な観点から要約すると、認識的モダリティ形式と義務的モダリティ形式とはその意味体系の基本要素が異なるー認識的モダリティ形式は発話内容が成立できる「可能性」やそれについての話者の持っている「推量性」の度合いなどを表す一方、義務的モダリティ形式は発話内容の成立の「必然性」の程度を表すーと言える。また、このような性質の異なるモダリティ体系の中で、「まい」は、話者の主観的判断も客観的発話内容も両方を表わすことができるため、所謂命題とモダリティとの境に位置づけられ、「べきだ」は「反事実的条件文」「後悔」「皮肉」を表わすため、義務的モダリティと認識的モダリティとを連結する鎖のような特徴を見せている、ということも指摘できる。
참고문헌 (5)
- "のモダリティ形式と比較して-" (1997)
- "現代日本語における『N(名詞形容動詞)+らしい』の意味" (2000)
- "現代日本語における『N(名詞形容動詞)+らしい』の意味" (2002)
- "現代日本語における『N(名詞形容動詞)+らしい』の意味" (2003)
- "ハズだの意味と用法", 21 (1995)
