"扶桑錄"과 "癸未隨槎錄"의 日本地名表記
"扶桑錄"、"癸未隨槎錄"の日本地名の表記
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초록
本稿は日本地名がハングル音注で記された南龍翼の『扶桑録』(1655)と『癸未隨槎錄』(1763)を中心に日本地名を音聲的にどのように表記していて、表記法がどのように変化したか調べたものである。日本地名は『扶桑録』では39例,『癸未隨槎錄』では57例が記されている。長音表記においては、『扶桑録』では‘オ段+オ/ウ’を母音の‘오+우’、長音表記をしていない例があり、『癸未隨槎錄』では‘オ段+オ/ウ’を母音の‘오+오’の例がある。長音表記のうち、特異なものは『癸未隨槎錄』で‘オオ’を‘오々’のように繰り返し符合を用いて表記したことである。このような繰り返し符合による表記は、『海行摠載』ではその例が見られず、まだ『海行摠載』に収録されていない南玉(1763)の『日觀記』にその例があるが、これは同じ漢字音の表記のための繰り返し符合である。『扶桑録』では‘カ’を‘가/ㄱ-개/기’、‘キ’を‘기’、‘ケ’を‘겨’、‘コ’を‘고’を用いて表記しており、『癸未隨槎錄』では‘カ’を‘ㄱ-가/가’、‘キ’を‘기’、‘ケ’を‘ㄱ+겨/계’、‘コ’を‘ㄱ+고/코’で表記している。主に語頭では‘ㄱ’、語中や語尾では‘ㄱ+ㄱ’の例がある。‘ㄲ’ではなく‘ㄱ+ㄱ’で表記したのはハングルの濃音表記(各自並書)と同じ意味でとらえられるだろう。『扶桑録』では‘ガ/ゴ’の表記を‘가、ㅁ+가、ㄴ+가、ㅇ+가/ㅇ+고’で表記している。濁音節の先行音節の‘ㅇ’の場合は漢字音による表記もハングルによる表記も同じであるが、濁音節の先行音節の‘ㄴ/ㅁの例は『扶桑録』以外では見当たらない。『癸未隨槎錄』では‘ガ/ゴ’の表記を‘ㅇ+가/ㅇ+고’、‘グ’は‘구’で清音表記している。『扶桑録』では‘ジ/ダ/ド’を‘ㄴ+지/다/도’、また濁音節の先行音節に鼻音要素を入れていない例もある。『癸未隨槎錄』では‘ザ/ジ/ダ/ド’を‘자/지/다/도’で表記している。これは濁音の前接していた鼻音的要素が失われているといえよう。‘ツ’の表記は‘ㅈ+우’から‘ㅈ+으’へ変っているが、‘ツ’の母音が円唇性母音から非円唇性母音へ変ったのは音韻論外的変異で、当時の人々が‘ツ’の母音をありのまま充実に記したものであろう。
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