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『蜻蛉日記』考: 兼家の目に映された道綱母像

A study on Kagerounikki: Kaneie saw the image of Michitsunahaha

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주제분류일본어와문학

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『蜻蛉日記』は、作者道綱母が藤原兼家との二一年間の結婚生活を描いた日記文学作品である。日記の中に描かれた兼家は、政治家の姿ではなく、道綱母との夫婦関係の中で、作者の脳裏に投影された夫の姿である。作者自らの人生を綴ったこの日記の中で、夫兼家の目に写された道綱母像はいかなるものであったのか。本稿では、常に満たされない愛情を訴えられてきた兼家が、彼女のことをどう見ていたのかについて、冒頭の兼家の求婚から彼を惹き付けただろう道綱母の魅力、そして、兼家と道綱母との対面場面または対話を通して兼家の目に写されたであろう道綱母像を考察してみた。道綱母は、平安朝三代美人の一人と称せられるほど、美貌に恵まれ、「きわめたる和歌の上手」な歌才を持っており、器用で裁縫も上手な「家の女性」であった。彼女は琴も弾き、絵も描く才色兼備の妻であり、家族愛や母性愛が熱く、物詣先の風光にも、雨の風景にも、一人で涙する感受性が豊かで、自照的で繊細な心の持ち主であった。一方、道綱母は、訪れてきた兼家に門を開けさせない、口もきかない行動を取り、夫兼家を強烈に愛するがゆえに、満たされない愛欲に対する苦悩を激しい言葉でなじったり、泣いたり、むっつりとかたくなな態度をみせる、気性の強い女性であった。兼家が見たそのような妻に対するイメージは「おそろし」の語である。彼女が兼家を評した言葉「あさまし」「あやし」「つれなし」に対し、兼家が道綱母に対して「おそろし」を使っていたのは、興味深い。道綱母は、兼家に負けないほどの激しい気性の持ち主でありながら、日記には二一年間も兼家との関係が続けられていたし、一風変わった兼家のような男には、文学ができて、自分に対抗できる道綱母のような負けん気な女性の方が、お似合いのパートナであったかもしれない。少なくとも、彼女が兼家に出会わなかったとしたら、この記念碑的な文学作品は生れなかったのであろう。

참고문헌 (7)

  1. 安貞淑, "蜻蛉日記考ー兼家の魅力ー", 別府大学紀要, (42) (2000), 別府大学
  2. 上村悦子, "蜻蛉日記の作者、成立、伝本. In 平安朝日記Ⅰ、日本文学研究資料叢書", pp.143~ (1982), 有誠堂
  3. 木村正中, "蜻蛉日記. In 新編日本古典文学全集", pp.397~ (1995), 小学館
  4. 小町谷照彦, "蜻蛉日記の和歌と表現, In 蜻蛉日記(女流日記文学講座)第二巻", pp.149~ (1990), 勉誠社
  5. 伊藤博, "蜻蛉日記研究序説", pp.296~ (1976)
  6. 岩佐美代子, "わが染めたるとも言はじ ー蜻蛉日記服飾表現考ー、in(王朝日記の新研究)", pp.309~313 (1995), 笠間叢書
  7. 安貞淑, "蜻蛉日記考ー道綱母の涙と泣くー", 日本語教育 (2010), 韓国日本語教育学会

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