『蜻蛉日記』の「笑ひ」と「たはぶれ」
A study on the “Joke” and “Laughter” in Kageronikki
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초록
『蜻蛉日記』には、道綱母の二十一年間にわたる藤原兼家との結婚生活が記されている。作品の序によると、彼女が書きたかったのは、その書名「かげろふ」に象徴されるような不幸な女の人生であったようである。この「不幸な女の人生」のイメージにふさわしく、『蜻蛉日記』で作者が好んで用いた語は「ものはかなし」をはじめ、「憂し」「つらし」「あはれ」「かなし」「わびし」「心細し」などの言葉である。それに対して、「をかし」や「笑」ふのような明るさや喜びの用例は少ない。本稿は、『蜻蛉日記』の色を表す「はかなし」「あはれ」「かなし」などの場面に対して、「笑ひ」や「たはぶれ」の世界はいかなるものかについて考察してみたものである。『蜻蛉日記』にみられる「笑ひ」と「たはぶれ」の場面を考察してみた結果、十二の笑いの場面のうち、作者の場合、一人笑いを含め、兼家、親類、侍女たちなど、みんなで笑いを共有するものが九例と多く、特に作者と他者との談笑の場面や作者の言葉による他者の笑いの場面が目だった。一方、『蜻蛉日記』に見る兼家は闊達、ユーモアの豊かな男に違いないが、実際、自分自身が快く笑う場面はほとんどない。一人で笑っている場面が一例あるが、純粋な意味の笑みではなく、夫婦不和の中で困っている道綱を利用した作者への嘲笑のようなものであった。そして、『蜻蛉日記』の「たはぶれ」の場面は、ほとんどが兼家によるものであり、兼家は、日常において、よく冗談を言い、どんな状況にあっても、「たはぶれ」により気まずい場を紛らわしたり、「たはぶれ」によって周りの人々を笑わせていたのである。しかも、それは吹き飛ばしてしまいそうな大笑いの場面であった。兼家の「たはぶれ」による笑いの場面には、生まじめでかたくなな道綱母の性格と、日常のどんな状況にあっても、冗談でその場を紛らそうとする磊落な兼家の性格が、克明に表れ、二人の人物像を理解するのに最も印象深いものになっている。道綱母が周りの人々のように、兼家の「たはぶれ」に反応し、大笑いをしたり、受け答えのできる人であったならば、二人の夫婦関係はより長く続けられたのではなかろうか。
참고문헌 (6)
- 篠原純子, "蜻蛉日記, In '蜻蛉日記'の主題をめぐって", pp.97~ (1991), 勉誠社
- 宮島達生, "古典対照語い表", 41~323 (1983)
- 安貞淑, "'蜻蛉日記'考ー兼家の魅力ー", ~ (2000)
- 久保朝孝, "一冊の講座『蜻蛉日記』(兼家の妻たち)", 135~ (1981)
- 木村正中, "新編日本古典文学全集" (1994), 小学館
- 沢田正子, "'蜻蛉日記'の美意識", pp.35~ (1994), 笠間叢書
