張赫宙의 『아- 조선(嗚呼朝鮮)』 『無窮花』론 - 6ㆍ25전쟁의 형상화에 엿보이는 작가의 민족의식 -
Jang Hyuk Ju’s literature and the Korean war ‘Ahh-Chasun’ ‘Mugungwha’ and writer's nationalism
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초록
本稿は張赫宙が朝鮮戰爭を題材にして形象化した『嗚呼朝鮮』と『無窮花』の執筆過程についての考察及び文學的分析をつうじて作品の持つ意義と作家の民族意識を追究することをその目的としている。 張赫宙が『嗚呼朝鮮』と『無窮花』を通じて朝鮮戰爭の慘狀を描いた主な目的は韓民族の苦難に對する形象化にあると言える。したがって、作家が力を入れているのは植民地支配から獨立した朝鮮の民衆がその喜びを味わいきらないうちに左右イデオロギーの政治的對立で無慘に虐殺される狀況のリアルな描寫であると言える。 ところで、この二つの作品には左右、または中道派のどちらかに片寄った擁護的發言や描寫は見当たらない。これは作家の心のなかにイデオロギーを越えた民族の存在価値に對する確信があればこそ實現できたことであろう。特に『無窮花』の方は朝鮮戰爭の悲慘さを立体的に描くための時代․空間的背景と登場人物の案配においてきわめて緻密な努力を傾けられたことのうかがえる作品として高く評価できるものと思われる。 ところで、作家は晩年に至るまで自分の生來的劣等意識と親日的行跡から生じた葛藤を盛り込んだ作品を多く殘しているにもかかわらず、『嗚呼朝鮮』と『無窮花』のような民族的作品が書けたというところに張赫宙文學の特徵は認められる。植民地支配下の親日的作品は、民族の苦しい境遇にと立ち向かい戰っていこうとする意志よりも、同族の現實の苦しみを和らげようとして日帝と妥協を試みた姿勢から書かれたものと思われる。しかし、日帝の敗戰により民族的强壓がなくなると、作家の內面に潛んでいた民族意識が『嗚呼朝鮮』及び『無窮花』といった作品に自然と表れ出たものと考えられる。
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