전후의 장혁주문학
Jang, Hyeok-Ju’s literature in post war days
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초록
本稿では、主に戰後に發表された張赫宙の作品を檢討しながら、戰前から戰後にかけて連續した彼の「日本語文學」への志向が、さらにその「完成」へと飛躍した背景を、同時代の政局の推移と照合しながら探った。そして、その「日本語文學」への志向とは裏腹に彼の文學が常に抱えざるを得なかった「逆說」の樣相をも捉えてみた。 まず、張赫宙における「日本語文學」への志向が、具体的にどういう過程を経て形成されたかを追ってみると、彼にとって「日本語勉强」とその文學的志向は、同時並行的、または共約的に進んできたわけで、彼の文學的志向は最初から日本語を拔きにしては成り立たないものであったことがわかる。張赫宙文學の志向性は、戰後になるとさらにその日本語文學の「完成」へと飛躍することとなるが、その理由と背景を探る上で注目すべきことは、解放後の朝鮮半島と在日社會における樣々な変化と動きに對して張赫宙がどういう反応を示し、立場をとったかという問題である。同じ民族でありながら理念の對立や、ある特定の主義の相克によって互いを憎惡し攻擊しあっている南北のどちらにも同調できなかった張赫宙は、「中間的な立場」を認めない民族や理念のしがらみを越えて、自分の「日本語文學」の完成を目指していく姿を呈した。1950年代後半まで朝鮮戰爭や「內鮮結婚」など民族の問題を扱っていた張赫宙は、1958年10月發表の長編『黑い地帶』を一つの分岐点にして、それ以來、「普通」の日本人作家を目指していった。それはいわゆる「朝鮮的なるもの」を自分の文學から排除した姿を呈するものであった。しかし、だからといってこの張赫宙個人の選擇を今日の私たちが批判することはできないだろう。問題の核心はおそらく責任を伴う個人の自由な意思決定であって、その志向性と選擇を当事者以外の人が批判することは、ある特定の生を個人に强いる、一種の暴力にも等しいことだと本稿は思う。 ところで張赫宙文學が日本文壇から注目を浴び、好意的に迎えられた要因の一つには、彼がいわゆる「朝鮮物」を書く存在だったということがある。張赫宙は常に自分の目指す芸術世界と、日本文壇が自分に期待する「朝鮮物」との折衷を模索しなければならなかったわけであるが、そのぎりぎりの模索と妥協が生み出す文學から、戰後の彼は自分の目指す文學を選擇した。これは張赫宙が戰前から連續した個人的志向を戰後も貫いたと捉えられるし、それが彼の意志であったと思われる。
참고문헌 (21)
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