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『椿説弓張月』と崇徳院怨霊譚 -為朝像の造型に関わる点に注目して-

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주제분류일본어와문학

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椿説弓張月の主人公源為朝と崇徳院は、保元の乱に敗れた後、それぞれ大嶋と讃岐へ配流された。いずれも保元物語に記されている話であり、弓張月の構想はこの二つの話を中心になされている。特に、崇徳院が怨念を抱き怨霊化するという話である崇徳院怨霊譚は、弓張月における為朝像の造型に密接に絡んでいる。馬琴は善報や悪報が前代から後代へ受け継がれるという考えを持っていた。それと同様に、怨念を次々と別の人物に受け継がせることで、馬琴は物語の人物像を創り上げている。弓張月で、崇徳院の御霊が金毘羅大権現と同一視されているのは、その御霊が怨念を抱いてはいるが、一方的に悪と呼ぶべき存在ではないことを示唆していると思われる。崇徳院の持つ善と悪の二重のイメージが為朝に引き継がれ、「義人」と「朝敵」の二重のイメージが形成されたのである。馬琴は崇徳院に関して雨月物語の「白峰」から発想を得たと考えられている。しかし、崇徳院の怨念のあり方は、弓張月と雨月物語では、大きく異なっている。雨月物語では、世の乱れは天命に従った崇徳院によって起こったものであるとしているが、弓張月では、崇徳院の私欲が原因で世が乱れたとしている。また、雨月物語では西行法師の登場によって崇徳院の怨念が弱まっているが、弓張月では怨念は強まるばかりである。馬琴は雨月物語とは異なる崇徳院のイメージを創り上げ、為朝の朝敵のイメージをより強力なものとして描いている。このように、崇徳院における善と悪の二重のイメージは、為朝における義人と朝敵の二重のイメージの形成に影響を与えている。

참고문헌 (9)

  1. 石川秀巳, "琉球争乱の構図(下)-『椿説弓張月』試論-", 山形女子短期大学紀要, 17, pp.139~141 (1985), 山形女子短期大学研修委員会
  2. 大高洋司, "『椿説弓張月』論-構想と考証-", 読本研究, 6, pp.96~ (1992), 広島文教女子大学研究出版委員会
  3. 国書刊行会, "参考保元平治物語" (1914), 国書刊行会
  4. 後藤丹治, "椿説弓張月 上" (1958), 岩波書店
  5. 後藤丹治, "椿説弓張月 下" (1962), 岩波書店
  6. 中村幸彦, "上田秋成集" (1959), 岩波書店
  7. 日本随筆大成編輯部, "日本随筆大成 第1期21巻", pp.471~ (1976), 吉川弘文館
  8. 野中哲照, "『保元物語』の構造-崇徳院怨霊譚と為朝渡島譚との関わりから-", 国文学研究, 107, pp.48~49 (1992), 早稲田大学国文学会
  9. 山田雄司, "崇徳院怨霊の研究", pp.236~ (2001), 思文閣出版

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