번역을 통해 본 韓日 양 언어의 授受表現의 特徵에 관한 연구
翻訳を通してみた韓日両言語の授受表現の特徴に関する研究
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초록
日本語は「シテヤル」「シテクレル」「シテモラウ」の3種類の文法的授受表現を持つのに比べ、韓國語は「해주다」という形式を持ち、対等な対照が難しい。それに「해주다」は統語的な接続から語彙敵複合動詞、それから文法的補助動詞に至るまで、多様な意味を持っており、日本語の文法的授受表現との対照をより難しくする。本稿ではこれらすべてを「授受表現」と呼び、それぞれ15冊の小説や翻訳を使って相手言語の翻訳を通して授受表現を同じく授受表現に訳す場合と無標形式に訳す場合を調べることによって、なお、相手言語の無標形式を授受表現を用いて訳す場合を調べ、全体の様相を明らかにした。その結果、基本的に文脈で語用論的に決まる翻訳者の內省によるところも多いが、個別形式の特徴により、やむを得ない場合もあることが分かった。第3者の行為を「受惠」と見るか見ないかにおいて大きな差を見せている中、具體的に、韓國の小說を日本語に訳した場合は、⑴文脈上「受惠」の意味が弱い場合、⑵「도와주다」のように慣用的に使われる種類、⑶謙讓語「해드리다」等は授受表現に訳さず無標形式に訳す反面、⑴文脈で「受惠」の意味が強い場合、⑵要求表現、⑶「意志」を表すいわゆる非受惠用法、⑷「(∼다가)주다」のような本動詞の用法、⑸希望表現の場合等は日本語の授受表現を補って訳していることが分かった。一方、 日本の小說を韓國語に訳す場合は⑴3人称の行為の表す「受惠」という意味を捨てる傾向があり、⑵要求表現に用いられる 「シテクレル」「シテモラウ」、⑶ 意志を表す「シテモラウ」、⑷二重に用いられた授受表現の場合等には無標形式に訳さず無標形式に訳す反面、⑴具體物の移動を表す動詞でも文脈上「受惠」の意味が感じられる場合、⑵「도와주다」のように慣用的に用いられる種類、⑶希望表現、⑷ 謙讓動詞、⑸方向を表す「してくる」等は韓國語の授受表現を補って訳していることが分かった。本研究を通じて、両言語の授受表現の様相がある程度把握できたと思われ、今度、これらの使用様相の変化に焦点を当てて研究していきたいと思う次第である。
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