논문KCI 등재
노리나가의 국학과 정의
Kokugaku(classical scholar of the country) of Norinaga and Justice
0
조회
0
다운로드
0
인용
0
참고문헌
키워드
주제분류일본어와문학
초록
善人必ずしも栄えず悪人必ずしも滅びないということは、この現世にお いて誰もが生活の実感として認識していることである。そうであればこそ人は、いつかは善は嘉せられ悪は罰せられるという善悪の審判や正義の実現を信じずにはいられない。ところで江戸時代における国学者は生前と死後を通じて正義の行われる保証を否定した。彼らはその証拠として悪人が栄えて善人が不幸に終わった例をあげながら、人は生前であれ死後であれ正義が行われるとは限らない不条理の世界に住んでいることを主張した。中でも宣長は禍津日神という悪神まで措定して正義の行われにくさを強調した。彼らの意図は、善悪の審判と正義を保証する思想―特に儒教と仏教―がこの世の不条理を嘆き悲しむという人間の真情を抑圧すると考え、人生の不条理の方を人が生きるということの実相として把握しようとするところにあった。ところが、正義に対する欲望․憧憬もまた人の本性である。この側面をも視野に入れたのが秋成である。宣長は皇祖神絶対崇拝など極端な日本至上主義のため人間の主体性や道徳意識を度外視したが、秋成は生身の人間の姿を尊重しながらも、人のふみ行うべき正しい道やそれを実践できる強靭な精神力を追求した。本稿は同じく真淵系統の国学者でありながら思想の本質的な面で全く異なった宣長と秋成を中心に、国学者の人生の不条理に対する認識と正義観について考察したものである。
참고문헌 (13)
- 鄭順姬, "가라고코로(漢意) vs 야마토다마시(大和魂)", 철학과 현실, (봄․84), pp.223~ (2010)
- 石川忠久, "中国文学の女性像", pp.184~ (1982), 汲古書院
- 鵜月洋, "雨月物語評釈", pp.69~ (1969), 角川書店
- 長島弘明, "呵刈葭 における宣長と秋成 in 本居宣長の世界", pp.221~ (2005), 森話社
- 日野龍夫, "宣長における文学と神道 in 宣長と秋成", pp.191~ (1984), 筑摩書房
- 森山重雄, "秋成の文学思想と「春雨物語」」 in 封建庶民文学の研究", pp.331~ (1960), 三一書房
- 森山重雄, "儒教․仏教の移入 in 上田秋成․史的情念の世界", pp.110~ (1986), 三一書房
- 山本秀樹, ""菊花の約"と徂徠学派", 文学, pp.168~ (2009)
- "上田秋成集" (1959), 岩波書店
- "上田秋成全集" (1990), 中央公論社
- "英草紙․西山物語․雨月物語․春雨物語" (1995), 小学館
- "本居宣長全集" (1968), 筑摩書房
- "本居宣長全集" (1972), 筑摩書房
관련 논문AI추천
노리나가와 상대주의정순일본어문학회 · 일본어문학2014 · 제66호이황(李滉)과 모토오리 노리나가(本居宣長)의 선악관박규태영남퇴계학연구원 · 퇴계학논집2016 · 제19호고바야시 히데오(小林秀雄) 『모토오리 노리나가(本居宣長)』의 神話 認識 -아카데미즘과의 길항관계를 중심으로-이창종한국일본언어문화학회 · 일본언어문화2014 · 제29호신국사상의 침략성박홍규한국일본사상사학회 · 日本思想2018 · 제35호日本思想史学の方法と「宣長問題」배관문한국일어일문학회 · 일어일문학연구2011 · 제76권 제2호모토오리 노리나가의 모노노아와레론 재고 : 감성적 인식론의 관점에서박규태일본연구소 · 일본연구2012 · 제17호
