논문KCI 등재
오키나와와 일본, 두 개의 패전 공간 - ‘선험적 체험’과 ‘상상된 8․15’ -
The Two Defeated Spaces, Okinawa and Japan - ‘Intuitive Experience’ and ‘Imagined 8․15’
0
조회
0
다운로드
2
인용
0
참고문헌
키워드
주제분류일본어와문학
초록
沖縄で記念される「6․23=慰霊の日」と日本本土で記念される「8․15=終戦の日」は、表面的にはあまり関係のないようにみえるが、歴史的な事実に基づいた「戦争が終結した日」という一つの意味として回収されないところでは共通しているといえよう。しかし、日本本土による長い差別の歴史、また、沖縄人は日本人、日本国民と異なった「異質的な存在」であるということを、この二つの記念日の不一致ほど明確にあらわしてくれるものはないと思われる。本稿では、こうした沖縄と日本本土で別々に「記憶」し、「記念」している「終戦の日」が抱えている複雑な意味合いを、敗戦空間を背景としている小説を通して論じてみた。
참고문헌 (17)
- 조정민, "만들어진 점령 서사", pp.125~ (2009), 산지니
- 大城将保, "昭和史のなかの沖縄-ヤマト世とアメリカ世", pp.14~15 (1989), 岩波書店
- 岡本恵徳, "水平軸の發想, In 沖縄の思想叢書わが沖縄", pp.165~ (1970), 木耳社
- 沖縄タイムス社, "沖縄の証言-激動の25年誌", pp.56~75 (1971), 沖縄タイムス社
- 嘉陽安男, "捕虜", 沖縄文學全集, 7, pp.136~140 (1990), 國書刊行會
- 川島真, "資料で読む世界の8月15日", pp.43~54 (2008), 山川出版社
- 菊地寬, "貞操について, In 占領期雑誌資料大系文学編Ⅱ", pp.209~210 (1946), 岩波書店
- 坂口安吾, "戦争と一人の女, In 占領期雑誌資料大系文学編Ⅱ", pp.122~128 (2010), 岩波書店
- 佐藤卓己, "八月十五日の神話-終戦記念日のメディア学", pp.17~32 (2005), ちくま新書
- Kobayashi Somei, "資料で読む世界の8月15日", pp.11~137 (2008), 山川出版社
- 佐藤卓己, "東アジアの終戦記念日-敗北と勝利のあいだ", pp.14~118 (2007), ちくま新書
- 高井昌吏, "メディア文化を社会学する-歴史․ジェンダー․ナショナリティ", pp.161~185 (2009), 世界思想社
- 玉木一兵, "沖縄の言葉と身体の復権", 新沖縄文学, (66), pp.88~ (1985), 沖縄タイムス
- 長堂英吉, "我羅馬テント村, In さまざまな8․15", pp.146~157 (2012), 集英社
- 波平恒男, "大城立祐の文学にみる沖縄人の戦後", 現代思想戦後東アジアとアメリカの存在, 29(9), pp.129~ (2001), 靑土社
- 宮城悦二郎, "沖縄占領の27年間-アメリカ軍政と文化の受容", 岩波ブックレットNO.268, 18~ (1992)
- 山本武利, "占領期雑誌資料大系文学編Ⅱ", pp.208~ (2010), 岩波書店
관련 논문AI추천
오키나와 서발턴의 기억계승과 당사자성 - 전쟁의 기억과 망각 사이 -김경희한국일어일문학회 · 일어일문학연구2024 · 제130권 오키나와에서 전쟁을 기억하는 방식 -박물관을 중심으로-이미애비교문화연구소 · 비교문화연구2023 · 제70권 기억의 문화적 ‘재현’과 계승의 단절—서발턴 연구의 관점에서—김경희한국일본사상사학회 · 日本思想2024 · 제48호정치적 주체의 불/가능성―오키나와 서발턴의 ‘자기 결정권’―김경희한국일어일문학회 · 일어일문학연구2023 · 제126권 오키나와 전후(戰後) 소설과 전기(戰記)에서의 조선인(/한국인) ‘재현’과 ‘증언’의 비대칭성 -오키나와․남양군도와 부산․경남의 비교연구를 위한 시론(試論)-이명원한민족문화학회 · 한민족문화연구2022 · 제80권 제80호오키나와와 베트남의 ‘경이로운 현실’, 그 반(反)폭력의 세계고명철비교문화연구소 · 비교문화연구2020 · 제59권
