「という」と「(고하)는」をめぐる連体形を中心にした韓日の対照研究
Contrast research on adnominal phrase in Korean and Japanese
0
조회
0
다운로드
3
인용
0
참고문헌
키워드
초록
連体修飾節の研究分野を論じるにおいて日本語と韓国語は意味内容による分析、即ち、「内の関係」「外の関係」や「制限用法」「非制限用法」という研究は比較的類似点の観点から語られてきた。しかし、連体修飾節における連体形の形態的な観点からは類似点よりは相違点が目立つという共通認識があるのは確かである。韓日両とも修飾部である節が主名詞の前に来る構文構造は同じであるが、連体形と終止形の機能面では異なるが形態的には終止形と変わらない連体形の日本語と終止形と連体形の形態的な活用がそれぞれであることが目立つ韓国語とはかなり異なっている。韓日の構文構造における共通点に関する研究は盛んに研究されてきたが、連体修飾節の連体形ように相違点が著しい分野はまだ開拓する余地があると考えられる。ここでは韓日の連体形の相違点が連体修飾節の研究分野にどれぐらいの影響を及ぼすかにあるのでそれぞれの研究分野を分析しながら、その中に連体形の形が関わっているかどうかを展開してみた。そこで連体修飾節構文において修飾部と主名詞の間の介在形式である「という」をめぐる考察を主名詞の意味的性格に重点を置きながら日韓の連体修飾構文を対照した。 その結果、「真意性」という概念を導入せざるを得なかった。これは日本語と韓国語に同様に適用できる概念ではないということである。しかし、日本語には問われない「真意性」という概念は無意味かもしれないが、日本語の基本連体形から韓国語を見なすとき、ちょうど当てはまる連体形がないということである。その逆も同じである。「真意性」のある韓国語の現在連体形を知らずに、そのまま適用してしまうと主節の流れに誤用が生じる恐れがあり、その差を認知する必要性を述べた。日本語は連体形と終止形の形態的な差がないため、主名詞の意味の考察に重点が置かれる。それに対して、韓国語は連体形と終止形の形態的な差があるため、連体述語の有り様に重点が置かれる。修飾節と主名詞を繋ぐ表示を形態的に見ると、韓国語は終止形とは異なる形態を持ち、同じ形態を持つ日本語と異なっている。日本語の場合は二つを繋げる形態的な表示がない反面、韓国語の場合は、英語の関係代名詞の「which」ように、依存的ではあるが連体述語の活用語尾を関係節の表示と認める立場もある。
참고문헌 (22)
- 신경숙, "풍금이있던자리―이상문학상 수상작품집" (1992), 문학사상사
- 유순하, "홍수경보―이상문학상 수상작품집" (1992), 문학사상사
- 윤정선, "해질녘―이상문학상 수상작품집" (1992), 문학사상사
- 한강, "몽고반점―이상문학상 수상작품집" (2005), 문학사상사
- 佐藤さとる, "だれも知らない小さな国" (1973), 講談社文庫
- 星新一, "だれかさんの悪夢" (1981), 新潮社
- 加賀乙彦, "見れば見るほど" (1991), 中央公論社
- 田辺聖子, "姥勝手" (1994), 新潮文庫
- 村上龍, "「京子」「96」年間代表シナリオ集" (1996), 映人社
- 辻真先, "殺人の多い料理店" (1996), 実業之日本社
- 남기심, "国語完形補文法研究", pp.7~139 (1986), 国語学会
- 홍경표, "韓国語文法", pp.145~149 (1885), 연세대학교
- 野間秀樹, "朝鮮語と日本語の連体修飾節(冠形節)構造", 朝鮮文化研究, (4) (1997), 東京大学文学部朝鮮文化研究室
- 金水敏, "連体修飾構造の機能『松村明教授古希記念国語研究論集』", pp.302~624 (1986), 明治書院
- 工藤真由美, "ノコトの使い分けと動詞の種類『国文学 解釈と鑑賞』", pp.45~101 (1985), 東京大学出版
- 久野暲, "日本文法研究", pp.137~141 (1973), 大修館書店
- 佐治圭三, "「の」の本質―「こと」「もの」との対比から", 日本語学, 2, pp.5~14 (1993), 明治書院
- 橋本修, "補文標識"の""こと"の分布に関わる意味規則", 国語学, 16(3), pp.101~112 (1990), 国語学会
- 藤田保幸, "国語引用構文の研究", pp.485~497 (2000), 和泉書院
- 河野六朗, "言語学大辞典6術語編" (1995), 三省堂
- 田中春美, "『現代言語学辞典』成美堂研究・言語編" (1987), 筑波大学文藝・言語学系
