논문KCI 등재
金鶴泳の「遊離層」に表れた忘れられたものの存在意識
Forgotten things' Concionsness of Existence in Kim, Ha-Gyon's Novel “Yuriso”
0
조회
0
다운로드
0
인용
0
참고문헌
키워드
주제분류일본어와문학
초록
本論文では、金鶴泳の小説「遊離層」における忘れられたゴルフの球の球 戯の意味を考察した。ここでゴルフの球の球戯の意味するものは、忘れられ放置された存在であるゴルフの球を使って、新しい価値とか役割を絶え間なく追求する存在であろうと努力する主人公の姿を意味していると推崙した。つまり、「遊離層」において、忘れられたゴルフの球を使って毎晩15センチの円にその球を入れる球戯に耽る朴貴映の姿は、無意味な動作の繰り返しという風にも考えられる。しかし、忘れられた存在価値のないゴルフの球を毎夜二․三時間も決められた円に入れようと努力する主人公の姿は、ある目的を成就しようと努力する人間の姿に通じる。それは、あたかも、作家として成功するための努力を重ねている金鶴泳の姿にも通底するものがあるのではないかと考える。金鶴泳にとって、書くことは、自分を救ってくれること、拘束から解放 してくれることである。そして、より良い生を生きるために、作家として成功すること、つまりその手段としての芥川賞受賞というこれらの願望が、彼に作品を書かせ、46歳まで生かせた。日本と朝鮮、北と南という狭間で、一在日朝鮮人としての不遇性を生きた金鶴泳であったかもしれないが、論者は、そう言う政治的な外因による運命的な観点からでなく、作家としての金鶴泳の内面に目を向けた。その結果、「遊離層」のテーマである忘れられたものの存在意識が何であるかが、ゴルフの球の球戯の意味を探ることによって明らかにされたのである。
참고문헌 (13)
- 金鶴泳, "凍える口 in 金鶴泳作品集", pp.445~717 (2004), クレイン
- 박유하, "土の悲しみ", pp.119~649 (2006), クレイン
- 文京洙, "在日朝鮮人問題の起源", pp.3~289 (2007), クレイン
- 朴裕河, "暴力としてのナショナルアイデンティティ in 土の悲しみ", pp.689~715 (2006), クレイン
- 徐京植, "引き剥がされた者たち", pp.11~40 (1998), 新幹社
- 尹健次, "天王星と朝鮮", 世界, 193~200 (2010)
- 李順愛, "「金鶴泳」私崙", pp.162~179 (1998), 新幹社
- 李丞鎮, "金鶴泳文學の変遷ー吃音から民族へー", 박사, 文學研究科, pp.2010
- 이재봉, "틈새 인간의 말더듬이 존재론 - 김학영과 그의 문학", 현대문학이론연구, (43), pp.389~421 (2010), 현대문학이론학회
- 有馬弘純, "金鶴泳のこと in 土の悲しみ", pp.671~688 (2006), クレイン
- 竹田青嗣, "苦しみの由来ー金鶴泳を悼む in 土の悲しみ", pp.7~230 (2006), クレイン
- 山崎正純, "戦後<在日>文学論", pp.7~262 (2003), 洋々社
- P․マシュレ, "文學生産の哲学", pp.1~267 (1994), 藤原書店
관련 논문AI추천
金鶴泳文学と民族差別について櫻井信栄한국일본문화학회 · 日本文化學報2015 · 제64호金鶴泳「まなざしの壁」における「F荘」の意味네모토 나오코일본어문학회 · 일본어문학2011 · 제53호재일 한국인 문학과 일본 근대문학과의 영향관계 고찰 -재일 한국인 2세대 작가 김학영(金鶴泳)을 중심으로-이승진아시아문화연구소 · 아시아문화연구2014 · 제33권 재일 디아스포라 작가들의 불안과 극복의 모색 ─김사량, 김학영, 이양지 소설의 언어 의식을 중심으로─정보람일본연구센터 · 차세대 인문사회연구2012 · 제8호金鶴泳の「自殺」原因をめぐって박정이일본어문학회 · 일본어문학2008 · 제41호在日コリアン文学に表れたディアスポラの様相と意味김정혜일본어문학회 · 일본어문학2009 · 제44호
