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古地図に顕れる朝鮮初の自国認識 「混一彊理歴代国都之図」を通じて-

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주제분류일본어와문학

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「混一彊理歴代国都之図」は1402年(朝鮮太宗2年)に制作されたものであり、 かつて中国を世界の中心と捉えその他の国を皆夷狄視していた頃とは異なった目で世界を見ていることが分かる。世界に対する視野が広く西洋までにも開けており、その中で韓半島を位置づけている。ここで注目すべきことは韓半島が他の国と比べ実際より誇張され大きく描かれ、そうすることによって自国がどの国にも勝る大国であることを強調していることである。  また「妙香山」だけを他の山とは違う方法で表記している。他の山は、ただ線をジグザグに走らせているだけだが、「妙香山」だけは山形で記している。それは何を意味するのか。この山は朝鮮の建国神話の舞台として有名なだけではなく朝鮮の祖先である檀君の誕生地であることが分かる。それまであまり重要視されなかった「東明王神話」․「檀君神話」が十二世紀から十三世紀にかけて重視されるようになった背景には、北方民族の興起と伴って崩れていく中国中心世界観に代わる新たな世界観が欲されたからであった。「東明王神話」から始まって、それを引き取るかたちで檀君神話にまで発展させた『三国遺事』、そして民族の系統化に注力した『東明王篇』・『帝王韻記』、これらの三書は北方民族の侵略に悩まされ、国家の自我を追求した十二․十三世紀において、その要求に対処すべきとして誕生した「神話」なのである。  このように十二․十三世紀において民族祖先として成長していった「檀君」の存在は1402年になって「龍谷図」に「妙香山」の特記という形で引き継がれていくことになる。「混一彊理歴代国都之図」は、今までそのヨーロッパの部と日本の部については多くの研究がなされてきたが、その韓半島の部についてはそれ程注目されてこなかった。しかし、以上の考察からこの地図が目指したものが、自国中心の世界観であったことがわかる。

참고문헌 (11)

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  7. 李燦, "韓国の古地図", pp.29~ (1991), 凡友社
  8. 李奎報, "東明王篇ㆍ帝王韻記", pp.187~ (1996), 乙酉文化社
  9. 小川琢治, "支那歴史地理研究", pp.6~ (1928), 弘文堂書房
  10. "『大阪学芸大学紀要』6号、1958年", ~
  11. 秋岡武次郎, "日本地図作成史", pp.178~ (1971), 鹿島研究所出版社

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