일본의 중앙-지방정부의 독도 사료조작
The History data fabrication of Japanese government and regiongovernment
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Abstract
本論文の目的は、独島に対する日本の領有権主張の矛盾性を明らかにするものである。論文の焦点については、日本政府が史料をありのままに解釈しないで日本領土であることを前提にして韓国領土としての根拠を否定するかまたは隠蔽する形で領有権を主張していることである。これを史料操作という。日本政府の史料操作を島根県がそのまま引き受けて領有権を主張している。本論文は日本の中央政府と地方政府の史料操作の在り方を考察したものである。 まず、地方政府としては、近世時代に2度(1416,1696年)にわたっ対馬島主が欝陵島(当時独島は領土紛争の対象とならなかった)の領有権の如何について朝鮮朝廷に問い合わせたことがあったが、当時朝鮮政府は欝陵島を空島政策をとっていたにもかかわらず、その都度に欝凌島は朝鮮領土であることを認知させされた。明治政府は、史料操作(韓国領土としての根拠を隠蔽して)を行い、朝鮮領土の独島を「竹島」という名で日本領土に編入して近代的な新領土にした。しかし日本政府が島根県に編入する以前に、すでに独島は朝鮮政府の管轄地であったことが勅令41号によって明らかにされる。このような事実を無視することはいわゆる史料の操作である。敗戦後、連合国がカイロ宣言、ポツダム宣言によって日本に略奪されていた独島が韓国領土となった。にもかかわらず、一方的に日本は連合国が戦後日本領土を処置した際、国際法的に独島を日本領土にしたと決めつけて対日講話条約を前後にして再び領有権を主張しはじめた。これも本質と違うものに好きににしたは史料操作である。このような日本の態度は1965年の日韓協定の時も同じく、現在まで続いて領有権を主張している。現在、日本政府が竹島の領有権を主張するにあたって、日本領土である明確な根拠はない。一方、戦後、新しい史料が相次ぎに発掘されて独島が韓国領土であることがますます増えて疑いのないものになっている。にもかかわらず、日本政府は以前の主張から一歩も譲ろうとしない。他方、島根県も有力な根拠もないまま中央政府の認識をそのまま引き受けて領有権を主張している。これもいわゆる史料操作である。
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