일본 에히메현의 임란포로에 관한 연구
A study of Korean Hideyoshi Invasion captive in Ehime Japan
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초록
本考は現場調査を通じて愛媛地域の朝鮮捕虜に関する資料を發掘した結果をまとめたものである。この地域の朝鮮捕虜は主に松山,大洲、宇和島のような城下町に集中していた。それらを簡単に要約すると次のようである。一番目松山地区である。ここでは朝鮮捕虜の集団居住地の唐人町があり、そこには朝鮮人の末裔と予想される百済魚文、また藩士の中では朝鮮女人の息子佃十義がいた。そして石手寺には朝鮮から持って行った地藏十王圖もある。二番目大洲と砥部地区である。大洲には歸國した儒學者姜沆がいた。彼はそこで出石寺の僧侶快慶との文化的交流をしたし、京都に滞在した際には藤原惺窩などに朝鮮の儒學を傳えた。それで大洲には彼の記念碑が立てられている。また大洲には朝鮮から持っていった物も多い。出石寺の朝鮮鐘, 朝鮮王子の衣服と鐘, 臨海君の扇子などがいまだに伝わっている。一方砥部は朝鮮陶工の末裔たちが焼物技術を伝受した所であった。三番目は宇和島と今治地區である。宇和島には朝鮮人の血を受け継いだ大隆寺の襄天がいた。彼は大本山妙心寺の 324代住職になった人物でもあった。今治の村上水軍資料館では村上水軍の頭の側室になった朝鮮女人がいた。姜沆は歸國したが、多くの人々はそうではなかった。それに対して姜沆は倭人化になって帰る気がないと批判しているが、彼らにはそれなりの特別な事情がある。たとえ歸國しても故國に生活の基盤がない人やすでに日本人と結婚して家庭を成し遂げた人は歸國することが簡単ではない。また主人が手放さない事例もある。日本側も戰爭によって多くの犧牲者をだすことによって生じた人力不足を朝鮮捕虜たちが相當の部分を補っていたからである。こうした要素が彼らの歸國をもっと難しくする要因となる。こうした事情は他の地域でも当てはめられる。従って壬亂捕虜の硏究は地域の範囲を広げて新しい資料發掘に力を注ぎ多角的にアプローチする基盤を作る必要があると思われる。
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