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나가사키현 미가와치의 조선도공에 관한 일고찰

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주제분류일본어와문학

초록

本稿は壬亂の時日本軍に拉致され長崎県の三川内地域で活動した朝鮮陶工に関する研究である。彼らを大きく分けて次のように、三つ系統で整理ができる。一つ目は、巨關と 彼の子孫今村三之丞, 如猿に受け継がれる今村系があり、二つ目は、高麗ばばと中里三猿に続く中里系があり、三つ目は、金久永と小山田佐平そして橫石藤七兵衛という木原と江永系の朝鮮陶工たちがあった。 彼らは平戸の中野の陶工と佐賀の岸岳の陶工たちの系統を受け継ぎ数回の試行錯誤を経て獨特な紋樣の白磁を生産するのに成功した。かれらはたとえ戰爭捕虜であったが、彼らが持っている技術を發揮して唐子繪という特色のある紋樣が入っている平戸焼きを創り出したのである。 こうした地域では彼らの痕跡が未だに強く残っている。例えば彼らの守護神を祭る陶山神社があり、また彼らの始祖格の今村如猿と高麗ばばを祭っている陶祖神社と釜山神社がある。それだけではない。金久永夫婦の墓もあり、また彼らが残した窯蹟と墓地も残っている。このような遺跡は日本人のみならず、我々にも大切な文化財であることはまちがいない。

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