식민지 지식청년의 ‘자기윤리’: 김사량의 『빛 속으로』를 중심으로
A study on the identity of the intellectuals of the colonial: Kim Sa-ryang's 『into the light』
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초록
『光の中に』は金史良(1914∼1950)が1933年10월、日本の文芸誌『文芸首都』に発表した日本語小説である。この小説は日本語で書かれた作品であるだけに、帝国日本への抵抗か同和かについて論じられてきた。しかしここでは、抵抗か同和かという物語内容レベルでの捉え方ではなく、物語・語り手・語る意識に注目し、そこから導き出される植民地知識青年の「自己倫理」のあり方について考えたい。そこには、国家装置から暴力的に呼び出される「南(みなみ・なん)先生」の引き裂かれた主体性や、喚起される自己意識への捉え直しなどをどのように評価するかという問題とが絡んでくると思う。山田春雄と「私」のストーリ・ラインに重ね合わされる、「李」と「私」のストーリーが物語を重層化しているなか、まず、「私の語ろうとする山田春雄は実に不思議な子供であった。」という書き出しの問題性や、視線の錯綜による身体の問題、記憶の喚起による過去の身体の関係性を分析してみた。それを踏まえて、「私」が物語るしかなかった原因を「自己倫理」、すなわち、祖国を失した朝鮮の青年が日本人に混同されながら生きていくことに伴う否定的な自己像についての反省的自己認識にあると捉える。「私」の「自己倫理」の形成は皮肉にも、朝鮮人青年の「李」に向かってではなく、日本による朝鮮への強姦的行為の副産物であった山田春雄との関係性から展開される。朝鮮の青年に立ち向かえることが出来なかった「私」の負い目は、自分の記憶のトラウマへの苦悩の修行へすり替えることによって「自己倫理」なるものを完成したのではなかろうか。この皮肉な歪が語りの装置として取り組まれたことに、この日本語小説の本領があったと考える。
참고문헌 (11)
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