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일본 사가시에 남은 임진과 정유왜란

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주제분류일본어와문학

초록

壬亂と丁酉倭亂を通じて日本の佐賀に住んでいた朝鮮人の中には陶工だけではなかった。朝鮮の鵲が佐賀に行って、そこの木花の病蟲を食い殺し、佐賀の木棉産業に大きく貢献し、地域を代表する吉鳥になったように、佐賀には多くの朝鮮人たちが地域の歴史に大きな足跡を残している。李宗歡は唐人町を建設し、死後唐人神社の神になった。それから李九山は、製藥と更紗技術を開發し、地域社會に大きく貢獻した偉大な人物であった。そして朝鮮陶工の曉月淨雲と儒學者の洪浩然の貢獻も見逃せない。そのなかで自己意思と關係なく强制的に連れられた人もいるが、李宗歡のように事故により日本にわたり日本人として生き、戰爭が勃發すると日本側に立って活躍した人もいる。その中で林一德, 林榮久の父子, そして洪浩然、淨珍という人もいた。特に洪浩然は韓国にも良く知られている儒学者である。ところが林氏の父子淨珍に関する記錄が見付からなくて残念ながらかれらのことは十分把握できなかった。それから記錄に自分の名前を残さず、ただ行李工、飴工、織工と職名だけ残す人も多い。これからこういう人たちに関しても、時間を掛けて、緻密に硏究が行われる必要があると思われる。

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