『冬のソナタ』에 나타난 「れる․られる」경어고찰:「れる․られる」용법의 상호관련성을 중심으로
A study on「reru․rareru」honorific in Japanese『wintersonata』
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本研究は「れる․られる」の用法の構造、共通要因、制御性、相互関連性を考察した。先行研究を基にして韓國のドラマ『冬のソナタ』に現れる「れる․られる」用法の特徴を考察した結果、これらは、はじめは「自発」という基本的な意味から出発して、派生的な意味の「受身、可能、敬語」にまで拡散したことがわかった。また、『冬のソナタ』に現れる「れる․られる」用例の「自発、受身、可能、敬語」用法にも相互に有機的な関連性を持って拡散されていることがわかった。日本語の表現は人間が中心であり、人間の目で外部の世界を把握する表現意識が存在する。だから、「内」と「外」の対比によって、ある事柄を見る意識を「内的要因」の自己自身と「外的要因」の「他者」とに区別できる。これは他者の行為や現象から人間自身になんかの影響を受ける「れる․られる」の意味用法である。「れる․られる」用法を整理すると以下のことが明らかになった。1。「れる․られる」用法の「内」「外」の対立意識というのは、「上位者」「下位者」の関係による意識上の構造である。2。「自発」というのは、自分の意思を持って何かをしようとは考えていないが、自然にそのようになることである。3。「自発」の用法が進んで自然にそのようになるのは、そのようにしようとする能力を備えていることから「可能」の意味になる。4。特にある人の動作を直接的に表現しなくても、ある能力を持っているように婉曲に表現することは敬意を含めている「尊敬」の表現になる。5。自己と「他者」の区別があり、他者の行為や現象によって人間自身に影響を被るのが「受身」の意味になる。日本人は客観的な対象を自己との関係から把握しようとする意識が強く、自己を視点にする発想を基にする。この意識構造のため、日本人は人間関係を大事に考える。「れる․られる」の表現は周りの人に気をつけ、人間関係をなめらかにする潤滑油として敬語表現まで拡張している。
참고문헌 (8)
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