북한의 일본인납치문제 ―일본여론의 대북인식 및 일본정부의 대북정책의 변화를 중심으로―
The Japanese Victims of North Korean Kidnapping and the Press' Focus on Them
1
조회
0
다운로드
3
인용
0
참고문헌
키워드
초록
北朝鮮に犯した日本人拉致問題が、北日間の懸案として登場したのは、1991年第3次北日国交正常化の交渉の前に行った事前協議で、日本側が1988年の大韓航空機爆発事件の犯人である、金ヒョンヒの日本語教師だった「李ウンヘ」という日本人女性の生存の確認を北朝鮮に要求したことがはじめてである。この日本側の要求に対して、北朝鮮は実際にない日本人拉致問題を作り出した日本の姿勢は、「北日交渉に人為的に難問を繕うとすること」と主張して、その調査を拒否した。結局のところ、日本人拉致問題をめぐる対立が主要原因の一つとして作用して90年初の国交正常化交渉は決裂されたのである。 その後、日本人拉致問題は、日本の「読売新聞」と「産経新聞」が「20年前の1977年に新潟県で失踪した女子中学生の横田メグミさんが北朝鮮に拉致された可能性が高い」という報道したことをきっかけに、日本の対北朝鮮に対する世論を左右する決定的要因として作用することになった。 2002年9月に開催された、戦後最初の北日の首脳会談で、金正日国防委員長は自ら日本人拉致事実を認めて、誤り、またその再発防止を約束するなど、拉致問題の解決を試みたのである。しかし北朝鮮の意図とは異なって、以後日本は、拉致問題の完全な解決を主張しながら「北朝鮮叩き」を強化してゆくようになる。 2004年5月の小泉首相の第2次訪北の時、北朝鮮は、日本に対して経済制裁を実施しないことと、人道的支援を要求し、その代わりに被害者家族5人を首相の帰国に同行してくれたのである。しかし、同年12月には、1977年北朝鮮に拉致されて死亡したと知られていた横田メグミの遺骨が日本側に渡されたが、鑑定結果、それが偽物ということが明らかにされた。その後、この事実は日本が北朝鮮に対して強硬な制裁に突入する要因と作用することになった。 この論文は、日本人拉致問題を直接な契機にして変化させてきた日本社会の北朝鮮に対する認識と、その影響をうけで進まれてきた日本政府の対北政策を具体的に明証することを目的にする。
