江戸噺本の滑稽の方法 -韓中日笑話の「泣く」人物の涙の役割比較を通して-
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초록
筆者は、落ちに到るまでの運びに見える笑話の滑稽の方法を調べてゆくなかで、笑話に登場する人物の「泣く」姿を利用した滑稽の方法が韓中日三国の笑話にともに見られることや、国ごとにその方法には相違が存することに気づいた。たとえば、江戸噺本では「泣く」人物の涙は聞き手の誤解を誘発し、「期待の外れ」による笑いを催す役割を果たし、もちろん、この過程で涙は「落とし」の効果をより高める重要な要素でもある。一方、中国笑話における「泣く」人物の涙は、迂回的な「皮肉の手段」として用いられることが多く、朝鮮笑話の場合、涙は「泣く」人物に対する「嘲笑」をより増幅させる役割を果たすことが多い。そして、江戸噺本をはじめとする日本の笑話に、近隣国の笑話とは異なるこうした滑稽の方法がとくに発達した背景としては、やはり、落とし咄に対する日本人の嗜好や長い話芸の伝統が挙げられる。次に、筆者は日本の笑話におけるこうした滑稽の方法の起源やその初期の形態を、『宇治拾遺物語』に見える「田舎の児桜の散るを見て泣く事」および「実子にあらざる子の事」の2話から求めている。とくに、これまでその典拠が不明であった「実子にあらざる子の事」と、滑稽の方法及び話型が類似する話が中国や朝鮮の笑話にも見られることから、こうした滑稽の方法の初期の形態が東アジアでいち早く共有されていた可能性がここで言えるかも知れない。崖が高ければ高いほど頂上から地面に到るまでの落差は大きくなり、その物理的スピードや力は増幅する。そして、落語という、世界に稀な笑いのジャンルを花咲かせた日本の長い話芸の伝統は、噺家たちに早くもこうした効果に目を配らせたと見られる。そして、「泣く」人物の涙を利用する江戸噺本の滑稽の方法においても、同様のメカニズムが働いたのではないかと考えられるわけである。
참고문헌 (15)
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