『榮花物語』の歷史叙述の方法 - 卷一 「月の宴」を中心に -
Study On The Method of the History Description in Eigamonogatari - Mainly on Volume 1 “Tukinoen” -
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本稿では、『榮花物語』卷一「月の宴」の村上天皇中宮安子の死と哀傷の記述までを對象として、各記事に頻出する「かくて」・「かかるほどに」の位相や、記事の配列と史實との相違などに注目しながら、その歷史叙述のあり方について考察を試みた。 まず、卷一冒頭から元方の物の怪の記事直前までの、「かくて」・「かかるほどに」を見ると、それらはほぼ直接先行する記事を承けていた。それは、忠平、師輔の系譜を示しつつ、攝關家としての繁榮の道程を積み上げる歷史叙述の相互緊密性によるものと思われ、「かくて」・「かかるほどに」はその叙述の節目に位置しているといえる。 それに對して、元方の物の怪の出現から中宮安子の懷妊までの記事においては、「かくて」・「かかるほどに」は、時間的な経過を示すものではあるが、先行する具体的な事柄を承けてはおらず、したがって前の記事との關連性は薄かった。また、その記事の配列も史實と前後していることが多い。 一方、中宮安子の重態から薨去、葬送、法事に至る一連の記述では、「かくて」・「かかるほどに」が、前の記事を直接承けることによって、相互の記事の關連性を緊密にし、安子の懷妊から死への時間の推移が丁寧に辿られていた。 このように、九條流の系譜と攝關家としての繁榮を述べる部分と、中宮安子關連部分は、記事相互の連關性が强いといえる。一方、元方の物の怪出現から安子懷妊直前までは、各記事の獨立性が見られ、これは九條家と皇室の關わり方を樣々な角度から照らし出しているという一面を反映しているものと思われる。 また、九條流の繁榮を編年体で記していくという基本的な歷史叙述の姿勢の中で、その闇部を象徵的に照らし出しているものに、物の怪と化した敗者元方と、それに取り憑かれた憲平親王の悲劇があり、そこに『榮花物語』なりの物語性を指摘することができる。 それに對して、元方の物の怪の出現から中宮安子の懷妊までの記事においては、「かくて」・「かかるほどに」は、時間的な経過を示すものではあるが、先行する具体的な事柄を承けてはおらず、したがって前の記事との關連性は薄かった。また、その記事の配列も史實と前後していることが多い。 一方、中宮安子の重態から薨去、葬送、法事に至る一連の記述では、「かくて」・「かかるほどに」が、前の記事を直接承けることによって、相互の記事の關連性を緊密にし、安子の懷妊から死への時間の推移が丁寧に辿られていた。このように、九條流の系譜と攝關家としての繁榮を述べる部分と、中宮安子關連部分は、記事相互の連關性が强いといえる。一方、元方の物の怪出現から安子懷妊直前までは、各記事の獨立性が見られ、これは九條家と皇室の關わり方を樣々な角度から照らし出しているという一面を反映しているものと思われる。また、九條流の繁榮を編年体で記していくという基本的な歷史叙述の姿勢の中で、その闇部を象徵的に照らし出しているものに、物の怪と化した敗者元方と、それに取り憑かれた憲平親王の悲劇があり、そこに『榮花物語』なりの物語性を指摘することができる。
참고문헌 (8)
- 池田尙隆, "『榮花物語』の歷史意識" (1991), 吉川弘文館
- 高橋伸幸, "『榮花物語』の方法" (1998), 國書刊行會
- 中村康夫, "『榮花物語』と史實" (1991)
- 松村博司, "榮花物語全注釋(一)" (1969), 角川書店
- 松村博司, "『榮花物語』 における先取り記事について", 古代文化, 26(7) (1974)
- 山中裕, "榮花物語硏究 第1集" (1985), 國書刊行會
- 山中裕, "榮花物語』 の歷史?述をめぐって in 日本文學硏究大成 大鏡?榮花物語" (1998)
- 渡瀨茂, "『榮花物語』 正篇における歷史?述の時間?「かくて」の機能をめぐって?" (1998)
