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「めでたき御こと」の語り–『讃岐典侍日記』の世界–

The Story of Emperor Horikawa

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주제분류일본어와문학

초록

『讃岐典侍日記』は、平安女流日記の流れの上で変種と言われるくらい独特な世界をなしているが、それは堀河天皇の死を取り扱っているためである。本稿では、日記全体に対する作者の考えを述べた序文を一つの糸口にして、堀河天皇の死を書くにあたって作者がもっていた意図なるものを探り、日記の表面には表わされていない創作の方法を明らかにしようとした。日記の序文は、古歌のことばや対句を用いるなど、改まった筆致になっているが、自分が書こうとしたものについては、堀河天皇と過ごした日々の中で「めでたき御こと」と思われるものであると言う。その「めでたき御こと」の具体的な例は、本文の中に見い出されるが、例えば「雪の朝の思い出」や「笛の楽譜の跡」などである。ただ、この「めでたき御こと」の場面は、作者が単に印象的な出来事を書き記したのではなく、意図的に美しく選び取った世界であることが明らかである。堀河天皇は、長い間病に苦しんでおり、政治に集中できずに笛や和歌のような趣味の世界に傾注していたのである。藤原長子は、恋慕する堀河天皇の崩御にあたり、堀河天皇について自ら日記を書こうと思い立ったが、堀河天皇の病苦が深まった主な原因なる白河院の独断的な摂政ぶりをそのまま書くわけにはいかなかった。長子は、白河院の専制的な政治に苦しむ堀河天皇の姿には目をつぶり、典侍ならではの私的な場面における堀河天皇の素晴らしい姿を描くことにしたと思われる。典侍長子は、院政の下で不遇な人生を送った堀河天皇の姿ではなく、中世和歌の基点となる堀河百首の催行や管弦道の中興など文化的な方面に優れた面貌、そして心を尽くして自分に仕える典侍と交情する優しい面に重点を置いて日記に書き綴ったと考えられる。

참고문헌 (17)

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  2. 森田兼吉, "'讃岐典侍日記'の主題, In 女流日記文学講座", pp.244~249 (1990), 勉誠社
  3. 森本元子, "'讃岐典侍日記'の成立, In 女流文学日記講座", pp.220~223 (1990), 勉誠社
  4. 史料大成刊行会, "中右記三, In 資料大成11" (1980), 臨川書店
  5. 東京史料編纂所, "殿暦二, In 大日本古記録12" (1963), 岩波書店
  6. 岩佐美代子, "讃岐典侍日記全注釈", pp.168~169 (2012), 笠間書院
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  10. 岩佐正, "神皇正統記", pp.79~ (1975), 岩波書店
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  13. 石坂妙子, "'内侍(典侍・掌侍)'たちの跳梁─平安朝文学の語り", 日記文学新論, pp.3~15 (2004)
  14. 金子元彦, "歴史と文学─典侍の物語", 国文学解釈と鑑賞, 24(1), pp.54~60 (1979)
  15. 倉田実, "源典侍物 語の意味─'典侍'の職掌から", 現時物語の鑑賞と基礎知識, 22, pp.216~229 (2002)
  16. 太田たまき, "'讃岐典侍日記'に見る典侍の局と天皇の行動範囲の一考察", 日記文学研究, 2, pp.266~276 (1997)
  17. 守屋省吾, "堀河帝の後宮─讃岐典侍日記形成の背景", 平安文学研究, 47 (1971)

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