北原白秋『邪宗門』に關する一考察* -南蛮趣味と浪漫主義をめぐって-
A Study on "Jyashumon" by Kitahara Hakusyu- from a point of view about `Nanban' tastes and Romanticism -
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北原白秋の第一詩集『邪宗門』(1909)のうち「邪宗門秘曲」(以下「秘曲」と記す)と「謀叛」を取り上げ、それらの作品から南蛮趣味の詩的形象化がいかになされているかを考察してみた。また、そのような形象化の核として浪漫的な要素が潜んでいる点にスポットを当てることにした。 当時は、木下杢太郎の他、白秋の周辺に九州旅行に端を発した南蛮趣味が広がっていた。杢太郎によると、南蛮趣味とは江戸浮世絵趣味、印象派の様式、西洋の高踏派や象徴派の詩の影響も加えられているから、きわめて広範な領域に渡ることになる。白秋において「南蛮」とは南方から来たポルトガル人やスペイン人などの他、渡来品など西洋風なものなどが含まれることはまず間違いないだろう。白秋のスタンスは、それらの異文化的表象への単純な驚きと共感を示しつつ、それらに耽溺する歓びに対して無自覚な当時の日本と向き合っていたのであり、それらの文化的受容者享受者としての情熱をあたかも隠れ切支丹のようにそれらに殉ずる覚悟として披瀝しているのである。それゆえに、自らを「近代邪宗門の徒」として自認していたのである。 他方、「秘曲」は作者の時代その身辺と周囲に実在しないある時代や過去、あるいは雰囲気などに向かって強く激しい憧憬をいだいてそれを現地点から歌い上げた点で、薄田泣菫の『白羊宮』(1906)に収められた「ああ大和にしあらましかば」と主題の性質が似ている。いずれも、時空を超えて遠きより現れ出る風景に憧れる心情において等価であり、ともに浪漫主義的であると思う。白秋はそこで、歴史上の一場面を仮構し、そこに自己の真実を吹き込んでいたのである。 「謀叛」においては、精舎の平穏が、戦車の響きと、弾と血煙と、紅蓮の火と刀の修羅場と化する様相を描いているが、感情と理性の激しい軋みのうちに、理性の側が敗退していくわけで、秩序と論理に反対するロマン主義的な要素と言っていいだろう。また、その激情は「秘曲」において、美のために死をも惜しまぬ激情に通じている。 以上、二篇を通して南蛮趣味の道具立てを借りて、自らのロマンテックな心情を歌い上げた若き白秋の面影を垣間見る思いであった。白秋は当時の日本において「近代邪宗門の徒」と名乗り、自明のもののように厳然としていた既成の美の秩序や論理にゆさぶりをかけ、美の革命の火花を散らしたのだ。筆者はそこに白秋における浪漫主義の発現を見る。
참고문헌 (3)
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