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아쿠타가와 류노스케의 『라쇼몬』 고찰

A Study on "Rashomon" of R.Akutagawa

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주제분류일본어와문학

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Abstract

作品羅生門は養家の芥川家の父母の反対によって吉田弥生との結婚が破局で終わってからその経験のもとで書かれた作品であるという見解が支配的である。したがってこの作品には破婚で芥川が感じ取った人間のエゴイズムがよく表現されっているという評価と、一方は新しい何かを探して動いてみようとする決意がこもっている作品として解釈される場合もある。 しかし、本作品の焦点は正義感に燃え上がる下人が生の哲学に落ちてしまう、すなわち、作品の構造から言えば≪承≫の部分がどのようにして≪結≫に変わるかという、下人の倫理の変化に焦点がある。しかし、下人は≪転≫の部分で老婆から限界状況のなかで人間はどのとうに生きるかという単純素朴な論理に説得され、自分も老婆とまったく同じ倫理を獲得する。これは下人の心理変化を通じて、≪承≫の正義感にも≪結≫の生の哲学にもどちらにも確かな倫理の基盤を置くことのできない日本の精神風土を語るものである。 老婆と下人が持っている哲学とは結局相対的な‘水平的な人間関係’の哲学であり、西欧のキリスト教が持っている‘垂直的な神との関係’がもつ絶対的な倫理ではない。また絶対的な倫理を後押しするいかなる超越者も持っていないことを語るものである。 これはあたかも現代のFletcherが主唱した‘状況倫理’とおおよそ似ていて、彼の主張をこの作品に代入すれば次のような結論を得ることができる。(1)限界状況だけが絶対的に至上のことである。(2)限界状況だけが唯一の規範である。(3)限界状況と正義は同一なものである。(4)限界状況は好․不好とは異なる。(5)限界状況はその手段を正当化する。(6)限界状況は具体的な決断をする。 したがって、芥川が作品の中で描こうとしたのは確かである。‘限界状況’をもって生きていけるしか仕方のない現代人は絶対的に頼る倫理も、またそれを後押しするいかなる超越者も持つことのできない袋小路に突き当たった存在であり、その袋小路の向こうには作品の冒頭に描写されているように羅生門の荒廃から感じられる<虚無>のみがあることを表わす作品として解釈することができる。

참고문헌 (10)

  1. "기독교 윤리 이야기" (1996), 한들
  2. "바다와 독약" (2001), 가톨릭출판사
  3. "芥川君の作品", pp.29~7 (1917)
  4. "芥川龍之介事典" (1985)
  5. "キリスト敎大事典" (1963)
  6. "芥川龍之介の世界" (1967), 法政大學出版局
  7. "芥川龍之介 實像と虛像" (1988)
  8. "この人を見よ" (1995), 小澤書店
  9. "東洋人の思惟方法3 日本人の思惟方法" (1979)
  10. "芥川龍之介論" (1976)

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