歌舞伎における松羽目物の成立と展開
The Formtion and the Developmant of Matsubame-mono in Kabuki
0
조회
0
다운로드
0
인용
0
참고문헌
초록
Abstract
「松羽目物」とは、能․狂言の題․内容と様式を取り入れた歌舞伎の舞踊劇である。天保11年の「勧進帳」から、昭和45年の「博奕十王」まで、130年間に80の演目の初演が見られるように、松羽目物は多く明治期に成立したのである。 本稿では、明治期の松羽目物の展開に着目して考察した。 その結果、明治前期は明治維新という社会変化とともに、歌舞伎界にも演劇改良運動が起こり、歌舞伎の変容が見られることになる。明治政府の欧化政策や社会各分野の新時代の気運に応じて、興行者の十二代目守田勘弥と九代目団十郎が、歌舞伎を高尚な演劇に革新することを目指した動きのなかで生まれたのが、能の趣向を取り入れた「松羽目物」であると考えられる。 さらに、その成立を観客と役者と歌舞伎との関係を中心に見てきた。江戸時代には武家の庇護を受けた能であったので、町人は接する機会はなかったとしても、明治時代には変っていた。本物の能に接するのは簡単なことになっていたのである。それなのに、観客が歌舞伎の高尚化の為、能取物に執着したというのは、無理があると考えられる。要するに、大衆の要望による創出というより、 歌舞伎役者の高尚趣向に適した演目として、新たに再生して「松羽目物」は成立したのである。 最後に、明治前期において、演劇改良運動や西欧演劇の影響により、歌舞伎は上等社会のための演劇、つまり、高尚な歌舞伎でありたいという志向であった。 こうして歌舞伎にも高尚さが求められ、新たなアプローチが現われる。その原因として考えられるのは、役者側の意志である。明治という新しい時代の変化に伴い、従來の歌舞伎の椊を越えた芝居をしたい役者の意志があって、自分たちの演技に取り込みやすい能や狂言を取り入れた「松羽目物」を生み出したのであると考えられる。その松羽目物が歌舞伎の社会的․文化的地位の向上を促した「天覧劇」に選ばれた意義は大きいといえる。また、松羽目物を中心とした能狂言の取物作品自体が、単なる能狂言の模倣の域を脱して、当時の歌舞伎を代表する演目として、その存在価値を認められていたと考えられる。それが再構成され、歌舞伎の中でも重要な演目として現在まで存在しつづけているのである。従って、歌舞伎が目指した演劇の近代化に、その役割を果たしたのが「松羽目物」であったと言えるのである。
참고문헌 (2)
- "「쌤?[叫姿?[돕커ㅞ듕??"
- "뷘돛물쟁綢「?[돕커?zㅛㅔㄴㅖ」"
