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다카무라 고타로(高村光太郞)시에 있어서 지에코(智惠子)상의 변화

A Study on Change of CHIEKO's Image in KOTARO TAKAMURA's Poetry

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주제분류일본어와문학

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Abstract

高村光太郎は約50年の詩的生涯の中で40年に近く智恵子に関する詩を書きつづけてきた。 その詩作は主に『智恵子抄』と『智恵子抄その後』二冊の詩集にある。その中には光太郎-智恵子の邂逅から戀愛と結婚,そして結婚後の空白期を経てアトリエでの生活とそれに続く智恵子の狂気と死,死後の追慕及び戦後の山小屋での山林孤棲の自己流謫の生活しつつ再び智恵子の世界にもどって追懐の詩を書き続ける等二人の愛の歴史がそのままとけこんでいる。 光太郎の智恵子の関聯詩はおおきく四つに分けられる。第一期は戀愛期で、邂逅と戀愛を経て結婚にいたる約三年間である。この期をその内容から見てまた前期と後期とに分けられる。 前期は「人に」から「冬の朝のめざめ」までである。この期間は智恵子に対する愛情告白の時期であると同時に、そのための動揺と擾乱の時期でもある。後期は「人に」「深夜の雪」から「淫心」までである。この時期は愛が深まっていくにしたがって、愛で結ばれた二人の一体感とそこから生まれる歓喜にあふれている。智恵子は前期の後半部にいたって天上的な存在に描かれているのが、後期には愛に喜悦にあふれて肉体的な結合でつながる地上の存在に定着している。第二期はいわゆる生活詩の時期である。「樹下の二人」から「美の監禁に手渡す者」までである。結婚後、二人は美の蟄居時代を過ごして、約九年間,詩の空白期を迎えるが、以後八年間、二人の生活を素材にした、いわゆる生活詩が生まれる。この時期は戀愛期に比べ二人の一体感は失われたが、詩作はしみじみとした情感にあふれている。第三期は智恵子の精神分裂症による狂気と死、そして死後追慕期である。「人生遠視」から「荒涼な帰宅」までの約六年間である。この時期、光太郎は生涯でもっとも苛酷な試錬期をむかえるが、たぶん生地獄を生きたのであった。この時期の詩は狂気になやまれる智恵子、もはやこの世の人でない智恵子の姿,死の病床の智恵子の最後の姿,そして死後の智恵子の追慕などである。この時期の詩作において智恵子はたとえ狂人であるが、聖女化してでくる。第四期は戦後の追懐期である。「松庵寺」から「報告」までの約七年間で、光太郎の年63才から70才にいたるまである。この時期光太郎は老躯で山林孤棲の自己流謫の日日を過ごす中,再び智恵子の世界にもどってきて、智恵子の裸婦像を製作,完成し、死ぬ三年半まえまで智恵子の追懐詩を書きつづけた。戦後の追懐詩の殆んどは死んだ智恵子が山小屋によみがえて、一緒に暮すことを念願する前提にしている夢幻的な幻想の世界を作りあげ、智恵子はもっと聖女化する。そのかわり、体に当ってくる触感が戦前の追慕詩に比べ落ちて新鮮味が感じないのである。

참고문헌 (6)

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