한국과 일본연구에 대한 비판적 검토 주로 문화론·사상사 연구 방면에서
A Critical Review of the Studies on Japan in Korea - Focused on the Studies on Japanese Culture and Thoughts -
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초록
本稿は、これまでの韓国における日本研究を、主に文化論と思想史の研究分野において検討し、そこに看取される問題点とその克服のための方策を筆者なりに考えてみたものである。すなわち、「日本大衆文化開放時代」にあたり、大学の教壇だけではなく、大衆消費財としても量産されている「日本文化論」のほとんどが、実体としての「日本文化」を受け入れた「文化本質主義」に貫かれたものであるといえる。これは、他の表現でいえば、韓国の日本研究が「日本文化」という境界を外部から支えてしまうことを意味する。 日本語․日本文学界をはじめとする韓国の日本関係学界が深刻な「内なる植民性」の状態に置かれているとすれば、こうした理由によるものである。これは、韓国における日本研究の持つ積極的な意味を求めようとする姿勢の欠乏と、そのための方法論の不在による当然の帰結といえよう。その結果、韓国における日本研究は、韓国の学界の周辺部に置かれたままであり、かつ、韓国の社会に向けて何の批判の声も挙げていない現状となっている。 したがって、韓国における日本研究は、<日本からの日本研究>から<韓国からの日本研究>へのコード転換が必要であるといえる。これは、一方的な知識生産の回路から、相互疎通の知識生産の回路に転換すべきことを意味している。すなわち、韓国における日本研究は韓国社会の内部からの学問的な要求および実践とはかけはなれたまま、日本の研究者から一方的にその学問的な方法論と成果を受容しつづけてきた。こうした状況は、一次的な文献史資料と日本の研究成果を參照しながらも、自分たちの独自の方法論と立場に基づいて研究活動を活発におこなう北米圏の日本研究とは対照的である。 それゆえに、現在、韓国の日本学に与えられた最も切実な課題は、こうした「知的植民性」を克服し、韓国における日本研究の独自性を追求することである。また、それを通じ韓国の学界において周辺部に留まる現状を打破する必要がある。このための具体的な提案としては、まず、日本文化論の研究は「日本文化論」の機制(性格)を論じる「<日本文化論>論」の方向に転換するという発想を持つべきである。また、日本思想史の研究は、「国民国家」の成立のための「近代知」の核心としての「日本」という言説を分析し、ひいては近代以降の「韓国」という自己像の設定に関係してきた「他者としての日本」の意味を積極的に解明していく作業が不可欠であろう。
