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일본 중세 連歌論集에 나타난 ‘스키’에 대한 일고찰

A Study on 'Suki'in the Renga criticism of Japanese Miiddle Ages literature

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주제분류일본어와문학

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Abstract

日本文學を理解する時、欠かせないものがいろいろある。その中の一つが文學の中の美的理念といえるのであろう。美的理念とは、文學作品の中でその時代の特徵を反映するもので美的理念を追求することはその時代の文學を理解するのに大事なことである。  その美的理念の一つである「すき」は、和歌․芸能に心を寄せつつ戀の道を一途に步むことが、本來の意味であった。しかし、中世に入って「すき」の表す內容に変化が生ずることになり、好色の意味あいが後退して和歌․管絃の道に打ち込むことを表すようになった。特に中世になってからは道心とむすびついた「すき」が語られるようになった。  鎌倉時代、南北朝時代、室町時代、安土桃山時代に至るまで戰亂がつづいていた中世の「すき」は、その時期に盛んであった文學ジャンルの中で中古と違った意味の変化を生じながら中世文學の美的理念として定着するようになった。本稿ではいろいろな文學ジャンルの中で中世の代表的な詩歌文學である連歌論集の中の「すき」について分析してみた。連歌論集では歌論集より理論化された「すき」の姿で現れていた。『筑波問答』『落書露顯』『梵燈庵主返答書』『さゝめごと』を對象に「すき」を調べてみると連歌へのひたすらな情熱によって人々にわらわれることも問題にしないぐらい連歌の中で「すき」は重要な位置を占めていた。まことの「すき」の道にしみじみとした心を感じなければならない、「すき」を友として眞實な連歌を詠むなど歌道に執着すること、いつも「すき」に醉うことを强調しながら重要な位置を占めていた。しかし「すき」が歌道において重要な比重を示していながらも和歌とは違って歌道全体の部分ではない他のいろいろな要因との結合の中にその姿を現わしている場合が多かった。例えば、良基は「まず幽玄の境に入りて後、ともかくもし給ふべきなり」とするとか、心敬において好士の條件として「數寄」「道心」「閑人」をあげながらいつも一緖に存在しなければならないとか、歌道宝の七つの中の一つとして扱っていた。すべての例で見られることではないが、そのような他の要因との結びの形で連歌では「すき」という美的理念が歌道の中で和歌より持つ意味が縮小されていくのだと思う。連歌を詠むには「すき」の心が一番大切だとし、基本的に和歌、連歌を愛することは同じであるが、和歌․連歌の中の「すき」の違いは作家層の変化、和歌、連歌の違いによる変化であるだろう。和歌の中では和歌に命をかける「すき」であったが、連歌ではいろいろな構成をなす要素の一つとしてその比重が小さくなっていくのであった。連歌と佛道もやはり結合という姿ではあったが心敬の『ささめごと』では佛道‧歌道一如觀という一層深化された仏道‧歌道の關係を示していた。

참고문헌 (2)

  1. "ㆍ三村晃功外 6人 校注", 十一 (2001), 三?井書店
  2. "數寄に關するノ?ト?和歌の數寄說話を中心として?" (1988), 共立女子短期大學文科紀要

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