-金東里「巫女図」と芥川龍之介の文学 -伝統宗教とキリスト教の葛藤と習合
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金東里は近現代韓国文学を代表する作家で、人間存在と運命意識・神・自然について、文学を通して深く追求してきた。金東里は代表作「巫女図」を書くのに、その一生を捧げた。そこには救いとは何かの問題がある。彼の文学が「救いの文学」と言われてきた所以である。それは人類と民族の救いのための文学であった。「巫女図」の改作である「乙火」はノーベル文学賞の候補にもなった。金東里は一九一三年十一月の生まれで、芥川龍之介は一八九二年三月の生まれである。芥川が自死した一九二七年七月、東里は十二歳であった。一ジェネレーションをほぼ三十年とするなら、同時代を生きた作家とも言える。本稿では民俗的な新しい素材を持って書かれた金東里の「巫女図」と芥川龍之介の「神神の微笑」に現れている土着信仰とキリスト教の葛藤について考察した。それによって韓国と日本の伝統的な信仰が、新しい宗教のキリスト教と葛藤する様相を比較してみた。さらに金東里の「巫女図」と芥川龍之介の「地獄変」の比較を通して、「新しい神」の誕生や「新しい人間像」の創造を目指した「巫女図」と、人生の全てを犠牲にして描いた「地獄変」の屏風の意味を論じて行った。その上で芥川龍之介の文学を十分読んでいると推定される金東里の文学への芥川の影響についても考えてみた。日本帝国に抵抗した金東里は、わざわざ朝鮮の民間信仰であるシャーマニズムを素材にして「巫女図」を書いた。ところが芥川は、「西方の人」の中で、キリスト教のために殉教した人々の心理に興味を持って切支丹物を書いたと告白しているので、作品を書いた動機は違う。しかし伝統宗教の文学形象化ということでは共通点がある。「巫女図」では、巫女毛火には自分の愛する息子を包丁で刺し殺してもそれへの罪意識は見られない。仕えている主神の代理神としてキリスト教の鬼神を退けたと思っているからである。キリスト教が朝鮮に入り、その信仰を持っても、シャーマニズムが民間信仰として人々に深く根を降ろしていたので、「巫俗的母性的信仰」として習合されている面も東里は描いている。しかしキリスト教とシャーマニズムとの葛藤は、結局その勝敗を区別することができなく、昱伊はキリスト教のために、毛火はシャーマニズムのために殉教する。現在の韓国にキリスト教徒が二十パーセント以上を占めてはいるが、民間信仰としてのシャーマニズムも未だに根強く存在している。芥川龍之介の作品に表れているシャーマニズムの特色としては、宗教性が強いというより芥川が人格的な神として描いているということである。キリスト教の神の愛を信ずることが出来ないと告白していた芥川であるだけに、「アグニの神」でも人間的に描いていると思われる場面が多い。また伝統宗教とキリスト教との葛藤の問題では、「神神の微笑」を中心に考えた時、「巫女図」よりは習合の問題を深く考えていると思われる。最後に、金東里の「巫女図」と芥川龍之介文学を比較対照すると、キリスト教との葛藤の問題では「神神の微笑」、そして「新しい神の誕生」のことでは「地獄変」の影を完全に否定することはできないと思われる。
참고문헌 (14)
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