『첩해신어』의 コソアド에 대해서
『捷解新語』のコソアドについての考察
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초록
『捷解新語』は壬辰倭乱(文祿慶長の役)以後、朝鮮朝の司訳院で作られた日本語の教科書として時代の流がれとともに変化していく日本語を習得する為、時間的な間隔をおいて何度も改修された。『捷解新語』の原刊本は日本語の歴史において古代語から近代語への過渡期にあたる一代転換期とすべき中世末、室町末期の言語を反映している反面、改修本は江戸中期のわりあいに早い時期の言語を、重刊本はそれにひきつづく時期の言語を各々反映している。『捷解新語』が約百年間の時間的な差異をおいて同じ内容が存在ということは日本語の変遷の資料として重要な意味をもっているためで、言語変化の様相を見ることのできる貴重な文献であるにもかかわらず表記法と音韻現象、そして文法現象に対する日本語中心の研究がなされてきただけであり、韓国語と日本語との詳細な比較研究はわずか数編にすぎない。このような点を考慮したとき、『捷解新語』の三本を韓国語との比較を通して新たな言語の変遷の様相が現われることを信じてやまない。事物の指示代名詞「これ」及び「それ」の場合、意味的な関係は後に来る助詞とお互いに関連していることがわかった。「あれ」の場合、人称を表す用法と方向をを表す用法及び場所を表す用法として使われていることがわかった。場所の指示代名詞「ここ」の場合、原刊本から改修本, 重刊本へ移行するほどその例がずっと減少している傾向をみせているが、これはいずれも場所を表す用法として使われていることがわかった。「そこ」の場合、人称を表す用法と場所を表す指示代名詞の用法として使われていることがわかった。方向の指示代名詞「こち」の場合、原刊本から改修本․重刊本へ行けば行くほどに-その例がますます減少する傾向を見せていて、方向乃至場所を表す用法よりは大部分自称を表す人称代名詞として使われていることがわかった。「そち」の場合、対称を表す人称代名詞の用法として使われ、「あち」の場合、いずれも他称を表す人称代名詞の用法として使われていた。指示副詞「こう」の場合は原刊本から改修本及び重刊本へ移行するほどその例がずっと減少している傾向をみせている反面、「かやう」の場合は原刊本と比べて改修本及び重刊本ではずっと多く使われていることがわかった。「そう」の場合は原刊本から改修本及び重刊本へ移行しながらその例が著しく減少している傾向をみせている反面、「さやう」の場合は原刊本と比べて改修本及び重刊本でずっと多く使われていることがわかった。終りに、全体的に『捷解新語』のコソアドに関する調査がまだ不足していたので、再び調査し整理した。しかし、整理の基準や方法に関して不足な点及びまだ改善の余地があるので今後、これらの面で包括的な視野から硏究をしていきたい。
참고문헌 (10)
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