日本語?育의 관점에서 보는 『捷解新語』
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참고문헌
초록
ꡔ捷解新語ꡕは日本語や韓国語の史的研究資料として扱われてきた。しかし、この資料は当時朝鮮における日本語教育のテキストであり、著者の外国語教育に対する態度や方針が現れている資料である。全体の文章はわずかな漢字(御、申)以外はひらがな文で作成されているが、これは教育の目的が日本語をはやく覚えさせ、会話ができるようにするところにあったからだと思われる。また、日本語本文にはハングルで音注がついている。日本語をハングルで表記するには語頭の清音、濁音の区別など、多くの問題が生じる。ꡔ捷解新語ꡕは当時のハングルにはない文字を作成し濁音の表記に当てたりして、日本語の当時の発音を充実に反映させようとしている。語頭の清音は平音を当てているが、語頭の濁音はㄱ,ㄷ,ㅂの前に鼻音を添加しᅁ,ᄕ,ᄜのように濁音の表記を作って当てている。語中の清音は平音を使う場合と重子音ㄲ,ㄸ,ㅆを当てる方法があり、濁音は前の単語の最後にㅇ,ᄂ,ᄆを加え、後に來る語が濁音であることを表している。ざ行はを語頭と語中の表記に使っている。 日本語本文には韓国語の影響と見られる語彙が見られるが、その多くは韓国の文化にかかわる語彙で、韓国語の影響というよりは韓国語をそのまま日本語に書き移したと思われる。日本語文に対するハングル対訳文にも日本語の語彙がそのまま使われたと思われる例が多い。これは著者が日本語の文脈把握を重んじており、個々の日本語を訳しようとするよりは日本語をそのまま覚えさせようとする意図からのことであろう。現在の外国語教育は意思伝達を重んじいるが、その面ではꡔ捷解新語ꡕは優れた学習書といえよう。また、現在も外国語学習にはその国の文化を先に理解し、適用することが大事である。ꡔ捷解新語ꡕは両国の文化に触れている個所が多く、全体の敬語表現は両国の言語習慣に基づいて使われているといえる。 なお、ꡔ捷解新語ꡕには日本語学習者としての心構えと言語上達のための方法、テキストを作る著者としての意図がよく表われている。日本語は習いやすいというがかなり難しく、日本語上達のためには恥ずかしく思わず直接日本人にあって対話すべきだと言っている。この資料にあらわれている教育観は現在の日本語教育にそのまま適用できるものである。
