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미의 탐험자 기타오지 로산진과 한국 –한국의 미에서 일본 ‘雅美’로의 궤적–

Explorer of beauty Rosanjin Kitaoji and Korea - Trajectory that travelled from Korean beauty to Japanese "graceful beauty" -

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주제분류일본어와문학

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本稿では日本の明治から大正、昭和にかけて激動の近代を貫いて生きていた美の探求者である北大路魯山人の芸術世界における韓国について彼の二回にわたる韓国体験を通じて考察した。1910年から3年間は、京城にある朝鮮総督府の印刷局で働く傍ら、書、篆刻、石碑をはじめ、色々な韓国の美と接しながら吸収し勉学に尽力した時期だった。その時代は帰国後、書、篆刻の専門家として活躍できるきっかけとなり、韓国の陶磁器の美に開眼して興味を持ち始めたという収穫も得た。魯山人は「器は料理の着物」という考え方のもとで、日本食文化の美において器の重要性を唱えた人でもあった。食道楽から出発した陶器製作への志は二回目の1928年の韓国訪問をさせた。その時には古陶磁器調査蒐集のため全国の古窯あとを一ヶ月間調査しており、陶器も買い集めた。朝鮮総督府の全面的な支援で行われた調査旅行を通じて陶器製作への土台が形成された。その後、1910年に三年間住んでいた韓国の美から出発した魯山人の芸術世界は、1930年代の日本帝国主義の拡大という時代と連動して‘雅美’という彼の独特の美学へと転換された。それは「日本精神」を孕んでいるものだった。現在、魯山人の体表的作品として知られている90パーセント以上が1936年以降の作品であることは日中戦争の勃発による日本人の意識変化とも関連していることである。韓国と中国の美から脱却して日本の和物礼讃と日本精神を掲げはじめた魯山人の美学は時代迎合的側面が見とれる。それが最近日本で高まっている魯山人ブームの裏の顔であろう。「日本精神」を具現している日本国民の美化された排他的美的概念である「雅美」の記憶を共有させる役割を1936年以降の魯山人の芸術世界が果たしているとも言えるであろう。

참고문헌 (14)

  1. 타니아키라, "사발 자신을 비워 세상을 담는다", pp.40~42 (2009), 아우라
  2. 梶川芳友他, "魯山人の世界", pp.83~ (1989), 新潮社
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  4. 北大路魯山人 平野雅章, "魯山人陶説", pp.146~ (2010), 中央公論新社
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  7. 講談社, "魯山人の愉しみ", pp.76~ (1997), 講談社
  8. 小松正衛, "北大路魯山人", pp.132~135 (1995), 保育社
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  10. 白崎秀雄, "魯山人の世界", pp.105~106 (1998), Art Days
  11. 長浜功, "北大路魯山人 人と芸術", pp.53~54 (2000), 双葉社
  12. NHK「美の壺」製作班, "魯山人の器", pp.9~ (2008), NHK出版
  13. 平野雅章, "魯山人雅美礼讃", pp.108~ (1998), 廣済堂出版
  14. 山田和, "知られざる魯山人", pp.177~179 (2011), 文藝春秋

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