韓国の歴史教科書における日本に関する記述の変遷 韓国の歴史教科書における日本に関する記述の変遷 一古代史の記述を中心に一
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韓国の国史教科書は、解放後1973年朴正照大統領の下、第三次教育課程により固定 となった。日本の支配下によって崩壊された民族のアイデンティティーの回復を行おうという 考えからであった。それからすぐに国家管理の強化に対する反対の声があがったため に、78年には国史教科書は固定制度ではなくなり第一種教科書の位置に置かれるなど 多少の変化はあった。しかし現行の第七次教育課程においても国史教科書は政府の管 理の下で教科書編纂が行われ、単一の教科書が発行されている。教科書は教育課程の 改正毎編集され、学生はこの教科書の歴史観のもと歴史を学ぶ。よって日本に対する 歴史観、イメージもこの教科書を通して形成されることになる。 本稿では、このように改訂を重ねてきた韓国の国史教科書において日本のイメージ はどのように変化してきたのかを古代史を中心に考察した。韓国、高校国史教科書を 対象にし、国史教科書が固定になった第三次教育課程のものから現行の第七次教育課 程までの5冊の教科書から、日本に関する記述を考察し、質的、量的変化を考察した。 その結果、韓国国史教科書の第三次教育課程から第七次教育課程までの教科書で、 古代史においての日本に関する記述には、三つ注目に値する変化があった。一つ目は、 「古代韓国が日本に植民地を持っていた。jとし、う記述は第三次にのみ記載されてい ること。二つ目は、高句麗広開土大玉砕や七支刀などの金石文史料をもとにした日韓 関係の記述が第五次になって記載されはじめたこと。三つ目は、百済復興運動に関す る記述や、文化に関する記述などを代表として、全体的に第六次までの教科書には韓 国が上で日本が下という位置関係に基づいた記述や、古代日本の勢力を排除したもの が多く見られたが、第七次においては内容や使われている表現において日本の立場を 考慮した記述に変わったところが多い。という三点である。 最後に今後の課題についてまとめた。
Abstract
韓国の国史教科書は、解放後1973年朴正照大統領の下、第三次教育課程により固定 となった。日本の支配下によって崩壊された民族のアイデンティティーの回復を行おうという 考えからであった。それからすぐに国家管理の強化に対する反対の声があがったため に、78年には国史教科書は固定制度ではなくなり第一種教科書の位置に置かれるなど 多少の変化はあった。しかし現行の第七次教育課程においても国史教科書は政府の管 理の下で教科書編纂が行われ、単一の教科書が発行されている。教科書は教育課程の 改正毎編集され、学生はこの教科書の歴史観のもと歴史を学ぶ。よって日本に対する 歴史観、イメージもこの教科書を通して形成されることになる。 本稿では、このように改訂を重ねてきた韓国の国史教科書において日本のイメージ はどのように変化してきたのかを古代史を中心に考察した。韓国、高校国史教科書を 対象にし、国史教科書が固定になった第三次教育課程のものから現行の第七次教育課 程までの5冊の教科書から、日本に関する記述を考察し、質的、量的変化を考察した。 その結果、韓国国史教科書の第三次教育課程から第七次教育課程までの教科書で、 古代史においての日本に関する記述には、三つ注目に値する変化があった。一つ目は、 「古代韓国が日本に植民地を持っていた。jとし、う記述は第三次にのみ記載されてい ること。二つ目は、高句麗広開土大玉砕や七支刀などの金石文史料をもとにした日韓 関係の記述が第五次になって記載されはじめたこと。三つ目は、百済復興運動に関す る記述や、文化に関する記述などを代表として、全体的に第六次までの教科書には韓 国が上で日本が下という位置関係に基づいた記述や、古代日本の勢力を排除したもの が多く見られたが、第七次においては内容や使われている表現において日本の立場を 考慮した記述に変わったところが多い。という三点である。 最後に今後の課題についてまとめた。
