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キリシタン版國字本の濁音表記について

A Study of "Dakuon Hyouki" in the Early Christian Kokugi Documents in Japa

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주제분류일본어와문학

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Abstract

本稿は、慶長期ごろに作られた文語体の漢字平仮名交じり文であるキリシタン版国字本の濁音表記が、なぜ忠実になされていたかを、おもに前期国字本『どちりいなきりしたん』(バチカン本)、『ばうちずもの授けやう』を用いて考えたものである。  まず、『どちりいなきりしたん』(バチカン本)、『ばうちずもの授けやう』の濁音表記が、どれほど忠実に施されていたかを、出雲朝子(1976.3,1976.12)が調査した国会図書館蔵『玉塵抄』の調査と比較した。その結果、キリシタン版国字本の両文献は『玉塵抄』より高い率であることと、本語(キリシタン版国語書中に用いられた外国語)の濁音表記が存在することが特徴的であった。なお、その率にかたよりがあるのではないかと思い、語種別․位置別濁音表記率、濁音表記語の同一丁内の処理、清音表記との混同を防ぐための濁音表記の面で調査を行った。その結果、両文献の濁音表記はかたよりがなく、網羅的に表記されていたことが分かった。  このような状況の中で、本語の濁音表記に与えた影響、濁音表記することの意味、キリシタン版国字本使用者を念頭に入れた作成者の濁音表記への認識の面でキリシタン版国字本の忠実な濁音表記の理由を考えた。  キリシタン版国字本が作成された時期は、濁点を右肩に二つ打つ認識をもっていたが、すべての文献に行われたのではなく、必要に応じてあらわれたようである。それがキリシタン版国字本において、宗教書や辞書には濁音表記がみられ、文学書には濁音表記が殆ど見られない形であらわれた。その理由を考えてみると、前者がその内容を読み手に正確に理解させるところに重点が置かれたが、後者は日本人バテレンが日本の古典的教養を学ぶところに重点がおかれていたからだと判断した。清音表記をして濁音をあらわすこともできた時期に、濁音表記を忠実にすると、作成者の意図した語を限定させるようになって、読み手にその内容を正確に伝えることができたと思われる。さらに、当時の和字文と異なり和語․漢語以外の本語が、キリシタン版国字本に存在したことが、作成者に読みに注意を払う原因を与えたと考えられる。  要するに、清濁表記の区別を明確にしていたキリシタン版国字本の作成者は、本語も平仮名で表記されていたキリシタン版国字本を、読み手の負担を軽減させ、自分達の意図する内容が間違いなく伝えられるように工夫した結果、忠実に濁音表記をするようになったということである。

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