아쿠타가와와 이상문학에 있어서의 <여성관>
A View of Love in Akutagawa and Yisang Literature
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Abstract
本稿は芥川文學と李箱文學における相互テキスト性を<女性觀>を軸にして考察したものである。主として李箱文學における<女性>は槪して<娼婦型>で、それが芥川文學から受容された可能性について考えたのである。まず、2章の<女性觀>において、類似する<狂人の娘><狂女の告白><黑いビーナス><黑いマリア>などのモチーフをもって、 <賣春婦>や<性病>のイメージを讀み取り、女性不信および輕視的態度を見い出した。それから、3章の<戀愛觀>においては、<雌蜘蛛>や<雌蜂>をもって、戀愛の毒素性や致命性および男性の無垢性を示すものと見定め、その內部に潛む處女崇拝的要素や永遠の女性への憧憬を讀み取る。しかし、李箱文學には芥川文學における認識的展開にまで至っておらず、一面的な傾向を示す。それから、4章の<永遠の女性および母性憧憬>では、芥川の場合には女性の<母性性>に對する强い拘りが確認される一方、李箱にはかく<母性憧憬>の樣相は果たして薄いと見なした。それを、とりわけ兩作家の生い立ちから理解してみた。つまり、早くも<狂人の母>に死なれ、母らしい親しみを覺えないという芥川の場合には、<母性>憧憬が多いに膨らんでいたであろうし、李箱の場合は、伯父の家へ養子として出されたにしても、伯父の死とともに實家に戻されており、いかにも貧しい兩親と兄弟を扶養しなければならない狀況に追い込まれていたために、わりに稀薄だったであろう。それに、芥川の場合は戀愛と結婚の境界がはっきりしているが、李箱の場合、その境界が果たして曖昧な点が擧げられる。つまり、芥川は結婚もし三人の息子もすでにあり、母性にも等しい父親としての情愛を覺えていたものと推察されるが、一方、李箱の場合には子供もなければ、家長という自覺もあまり見られないのである。 二十歲の頃、李箱は芥川文學などを讀んで作家になろうと決心した。その以前にも、旣に女給などとの交際は見られるものの、文學における女性像の原型とされる<錦紅>との愛は二十三歲からなされており、若い李箱に芥川文學の女性不信や輕視的な視覺が直ちに受け継がれていったのであろう。
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