手習巻の浮舟 -浮舟の出家における脇役たち-
Ukifune's priest life: focusing on The role of supporters
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초록
『源氏物語』には多くの女性たちの出家のあり方が表現されている。特に、浮舟の出家については、夢浮橋巻で愛執を逃れるべく出家した浮舟のもとに薫が訪れることによって、浮舟の救済の問題や物語末尾の完結․未完結などの論議が積み重ねられてきている。しかし、従来の研究では、夢浮橋巻の曖昧さと浮舟の救済の難解さを論じるにとどまっているだけである。ここで、浮舟の出家にかかわった脇役たちに焦点にあてて考察することによって彼女の出家の意義が明らかになるのではないだろうか。本稿ではこのような問題意識に注目して、物語の主題や方法として脇役たちが浮舟の出家に及ぼした影響を考察しようとするものである。 まず、小野の人々と浮舟の出家については、浮舟と妹尼の間で、実際、交わしている言葉を手がかりに物語の展開を辿りながら浮舟と小野の妹尼の断絶を察してみた。浮舟に対する異常な妹尼の情念は、亡き愛娘の存在、長谷寺の夢告による浮舟の発見の設定により深まると言えよう。しかし、このような小野の妹尼の存在こそ、浮舟にとって負担である。手習巻の中での浮舟の「恥づかしう」「心をたてる」という表現から窺われるように、浮舟と妹尼との心理的断絶が生じると見られる。さらに、小野の人々の老いの表現と浮舟の若さの表現が目立つことにも注意すべきであろう。老い尼たちにとって、若い浮舟が異質の存在として見られるのは当然のことであるが、浮舟の容貌についての評価が浮舟巻より手習巻で強調されている点に注目すべきであると思う。これは浮舟の出家において、若い女性が出家しても、その若さが原因で平穏たるべき出家生活が脅かされる可能性を物語っていると思われる。 浮舟の出家の起点において、注目すべきもう一つの問題は、手習巻の横川の僧都の設定である。「ものよく言ふ」横川の僧都がいかに浮舟物語の核に位置するかについて考察してみた。横川の僧都が明石の中宮に浮舟のことを話した時、宰相の君がその話を聞き、薫に伝える。その後、夢浮橋巻で薫が再登場するなど、浮舟物語は新しい局面を迎える。このように横川の僧都は秘密を守らなければならない立場であるが、逆に秘密をもらし、物語の流れを転換してしまうのである。さらに、宗教者としての僧都は、浮舟に憑いた物の怪を取り払う方法として彼女を出家させる。要するに、手習巻の物の怪は、浮舟を出家に導く物語の装置として機能していると同時に、宗教者としての横川の僧都像を引き出す役割もしていると言えよう。
참고문헌 (9)
- 阿部秋生, "源氏物語", pp.20~25 (2001), 新編日本古典文学全集 小学館
- 岩瀬法雲, "源氏物語と仏教思想" (1972), 笠間書院
- 高橋亨, "源氏物語の対応法" (1982), 東京大学出版会
- 永井和子, "源氏物語の老い" (1995), 笠間叢書
- 永井和子編, "源氏物語から源氏物語へ" (2007), 笠間書院
- 丸山キヨ子, "源氏物語の仏教" (1985), 創文社
- 三角洋一, "源氏物語"に見る女性と仏教", 国文学 解釈と鑑賞, 69(8) (2004), 至文堂
- 森一郎, "山里の人々 In: 講座 源氏物語の世界 第9集" (1984), 有斐閣
- 吉海直人, "浮舟―その人物像の多様性", 国文学解釈と鑑賞, 69(8) (2004), 至文堂 など
