일본 ‘시코쿠헨로(四国遍路)’의 유래와 변천과정 연구
日本 ‘四国遍路’の由来と変遷過程研究
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초록
世界には多様な宗教があり、人々はそれぞれの宗教と深い関係を持った場所や、その歴史を記念する場所を聖地として保存し、またその場所を受け継ぐ努力がなされている。そして、それらの宗教に関わる聖地や霊場を探し、その場所を参拜しながら歩く巡礼という行為が行われている。当然日本にも昔から様々な巡礼が継続されているが、その代表的なものは日本の四国にある八十八ヶ所の霊場を巡礼する四国遍路がそれであると考えられる。平安時代後期にその原形が形成されて、中世の室町時代に定着して以来、近世に入ってからは広く一般人の間で盛んに行われようになり、現在も新しい形態で継続されている。本論文は四国遍路の歴史的展開とその文化変容の状態を明らかにし、その意味を考察する。その方法論として変容の裏にある社会的文脈(Social context)を参照しつつ、その変容の動態を追っていくこととする。四国遍路の由来に関わる学説は多種多様であるが、今までの先行研究を参照し、筆者が整理した各霊場の本尊と由来を通じて、八十八ヶ所の霊場は真言宗の創始者弘法大師と関連していることが明らかとなった。特に八十八ヶ所の霊場の内では観音菩薩が本尊として多く祀られているという事が明らかとなった。巡礼者は自分たちの多様な要求が即座に解決されることを望み、すべての衆生の声の中から世の中の苦しみを察して、即座に衆生を救済する観音菩薩の最も大きな役割と考えられる。このように四国遍路は時とともに変容してきた。現代人にとっては四国遍路の意味は当初に比べて、新たな機能がつけ加えられていったのである。巡礼開始初期には弘法大師を信仰する宗教的な目的で巡礼を行い、日常からの解放と通過儀礼として活用されていたのである。しかし現代には交通が発達し、それによって移動も容易になったことで、単に旅行だけを目的にした四国遍路に出る人々もたくさん現れた。それでも、徐徐に自分が置かれた状況を克服して、ターニングポイントに活用するため四国遍路を利用する例も広く見られる。しかし、本論文は四国遍路の由来と変遷過程の一断面を捉えたものに過ぎない。したがって宗教学ㆍ民俗学的な観点から抜け出して四国遍路を地域文化発展のための観光コンテンツで使うなどの様々な角度から模索する試みも考える必要があると思われる。それとともに八十八ヶ所霊場に関連する由来談の詳しい比較ㆍ分析は今後の研究課題としたい。
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