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교고쿠파(京極派)와 ??쓰레즈레구사(徒然草)??

Kyogoku-Group and “Tsurezuregusa”

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주제분류일본어와문학

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Abstract

徒然草研究において、兼好の歌人としての面目や和歌との関連性などに目を通してみると、その範囲が局地的であることがわかる。徒然草の部分的表現が兼好自身の私家集である兼好法師集との対照で解された場合は時々あったが、和歌と徒然草という書記行為が全般的に論じられたことはあまりない。それは徒然草を現代的な意味での随筆というジャンルに局限して捉えた近代以後の傾向にもよると思われる。もう一つ、多岐にわたっている徒然草の内容に兼好が歌人として和歌を扱った部分がごく少ないという点も挙げられよう。こういう問題意識のもとで、徒然草というテキストの内部から見られる表現と発想を分析して、今まで見過ごされてきた和歌との関連性について考察してみた。 まず、和歌四天王と呼ばれ、なお二条派の代表歌人として知られた兼好の私家集兼好法師集の編集方針には、正統二条派とするには適していない側面があることがわかった。そして、徒然草の中で兼好独特の自然観とみられてきた内容から取り出してみたところ、時間感覚及び時代認識などには、むしろ當時二条派と対立していた京極派に近い発想が見える。そういう面を糸口にし、徒然草の中で京極派との接点を捉えてみた。視覚的情景の描写した部分では京極派が重んじた和歌と相當の類似点が読み取られた。なお、実名をあまり言おうとしない兼好がわざわざ名を挙げた人物は京極派が注目、あるいは再評価した歌人と重なることも確認できた。次に歌論的内容としては唯一ともいえる徒然草第14段を中心に、兼好の和歌観が當時の二条派和歌に内部批判の役割を果たした可能性も窺えた。そこから兼好が徒然草に自作の和歌を一首も載せなかった理由や、和歌への言及を慎んだ理由なども推測できると思う。京極派の和歌や歌論、そして時代認識は、歌人兼好が書いた散文徒然草というエクリチュールの問題に深く関わっていると思われる。

참고문헌 (8)

  1. "阿部武彦兼好における自然文芸究 第114集 東北大日本文芸究 1987"
  2. "荒木 校注 兼好法師集中世和歌集 室町篇 岩波書店 1990"
  3. "犬養廉井上宗雄 外編 和歌大典 明治書院 1996"
  4. "----- 京極派和歌の究 笠間書院 1987"
  5. "風景次 自然照に於ける新傾向の生 風景次全集第6 楓社 1970"
  6. "窪田章一 外編 和歌鑑賞典 東京堂出版 1980"
  7. "---- 徒然草の源泉和歌徒然草講座 第四 有精堂 1974"
  8. "藤平春男 外編 和歌鑑賞事典 東京堂出版 1980"

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