『沙石集』의 傳本에 관한 一考察 -梵舜本을 중심으로-
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초록
『沙石集』は鎌倉時代に無住によって執筆された仏教説話集である。弘安二年(1279年)夏に起稿され、しばらく放置された後、弘安六年(1283年)に再び書き継がれ、同年秋ごろ完成された。その後、『沙石集』は執筆者による何回かの加筆訂正が行われ、また、それらの諸本が弟子によっていろいろな段階で書写されたため、後代に伝わる伝本の様相はきわめて複雑である。 『沙石集』の伝本は広本系三類, 略本系三類の二系統六類に分けられるが、本稿においては古本系三類と、流布本系三類とに分類し、その諸本の特徴をまとめた。 特に、今回の研究においては、流布本系の中から米沢本と梵舜本の本文異同の対照を試みた。その結果、次のようなことが言える。1)米沢本の本文には人名、地名、年代などにおいて脱字、脱句などがあり、梵舜本よりその表現の具体性が欠けている。2)梵舜本に比べて、米沢本には欠文が多く存在し、文脈が通らなかったり、主語が変ったりして意味がよくわからないところもある。場合によっては、欠文を補うために、文章を改訂した個所があり、梵舜本との相違点が見られる。3)梵舜本には執筆当時を反映する中世的な表現がある。4)梵舜本の巻八の三~二○までの章段は古本系の米沢本、そして流布本系の諸本には載っていない部分があるが、当時の敬語の使い方やことばの位相に関することなども表現されていて、中世語の資料として貴重なものと評価される。 梵舜本と米沢本は同時代に書写され、その底本が具体的にどんな形のものであるか、推定することはできないが、以上のようなことから、それぞれ別の底本から筆写され、米沢本は説話の内容や数を簡略化した底本から、梵舜本は草案に近い改訂以前の状態のものから書写されたと考えられる。したがって、梵舜本は米沢本より作者の生存当時の時代相や言語を研究する資料としての価値を評価できる。今後、両写本の本文異同の綿密な対照研究が要求される。
참고문헌 (12)
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