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金 達「부산(釜山)」試論

A study on "Busan" of Kim Dal-soo

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주제분류일본어와문학

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Abstract

本稿は金達寿の「釜山」という作品を中心に在日朝鮮人作家である金達寿が韓国の内戦「6.25」(「朝鮮戦争」)をどのような視点をもってみていたのか、ということについて考察したものである。 金達寿は戦後間もない頃は社会主義を堅持していたにもかかわらず、彼の社会主義を作品のなかで全面に出すことを控え、むしろ戦時下の韓国の状況を代弁しようとしていた。そして、韓国が絶対的な「敵」として規定していた概念についても、それが一つのイデオロギーの産物にすぎないのではないか、と問うている。言い換えれば、金達寿は自分の主義や思想もイデオロギーの産物として相対化しようとしたし、他方においては他者の主義や思想もその延長線上で再考しようとしていた。 一方、金達寿は旧宗主国の言語でしか自分の世界を構築できなかったが、彼の言語的な特徴は作品においても明確に現れていた。文学という文法を通して自分の世界を表現する場合、必ず近代的な言語とその意味を経由しなければならない。その際、金達寿が経由した言語というのは母語でもなければ、母国語でもない、旧宗主国の言語である日本語であった。断片的に習得した旧宗主国の言語は彼の中で完全に内面化されず、結果的には空洞化した文体を生産させる。そして、日本の近代文学を模倣した文体は母語や母國に関する事情をも相対化させる。これは、在日朝鮮人である金達寿が韓国の内戦「6.25」(「朝鮮戦争」)を第三の視点で相対化したように、彼の生得的な要素、つまり在日朝鮮人という立場が母國の事情についても相対化していることが分かる。 このように、作品「釜山」において作家が提示しようとしている問題は、「6.25」(「朝鮮戦争」)がイデオロギーの対立に起因するものであることや、それがもつ暴力生を告発するという単純な図式のものではない。旧宗主国で形成した言語体系や、日本で民族的なアイデンティティーを求めようと絶えず努力した結果は、「南」と「北」のイデオロギーを相対化し、それら全てを超越するヒューマニズムを希求する作家精神を形成するに至ったと言え、それらは作品「釜山」においても見事に反映されていると考えられる。

참고문헌 (4)

  1. 金達, "わが文と生活" (1998), 丘出版社
  2. 中根隆行, "朝鮮 表象の文化誌" (2004), 新曜社
  3. 白川豊, "張赫宙日本語作品選" (2003), 勉誠出版
  4. 史究編, "日本同時代史 2", 木書店 1990

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