일본 근대문학에 나타난 조선인식
On the Korean Recognition of Japanese Modern Literatures
0
조회
0
다운로드
0
인용
0
참고문헌
키워드
초록
日本近代文学史上幾多の対朝鮮認識が見られるが、特に 森鴎外、夏目漱石、石川啄木、宮沢賢治における生存時代状況と個人的趣向とがいかに朝鮮認識に影響したか、作品を通して比較検討した論文である。 森鴎外は卓越した知性で、日清・日露戦争中、朝鮮を直接体験した軍人として彼の朝鮮人像を軍事、実務の立場で彼の従軍日記に書き残した。知識人として世界史的意味から朝鮮の現実を把握していたが、過激な政治論理は排除し、客観的立場にいた。彼は歴史小説という新しい分野への開拓をし、多くの資料を参考にした朝鮮と関連がある小説「佐橋甚五郎」もある。 夏目漱石も当代の知識人として満州、朝鮮を旅行をしながら、山野と民俗そして高麗磁器など、文化遺産に接しながら、文化的朝鮮観の持ち主であった。日本の急進的西洋化には批判的であった彼が、比較的冷静な態度から朝鮮をみているが、朝鮮での日本人高利貸しには顔をしかめたりする。その一方、朝鮮侵略の現場に立っていた日本人の積極性、経営能力、節制ある生活など、高く評価する一般の日本人と同じ姿勢を見せている。 石川啄木の短歌「地図の上 朝鮮国に くろぐろと 墨をぬりつつ 秋風を聴く」はあきらかに日本の朝鮮侵略を批判する歌と受け取られる。ところが、これに先立つ伊藤博文のハルビン駅暗殺事件については「誰ぞ我に ピストルにても 擊てよかし 伊藤の如く 死にて見せなむ」という伊藤の英雄的な死に対する追慕の歌を残している。この二つの短歌の潜む二律背反性は日本人の民族的特性、すなわち矛盾した思考方式にも見える啄木は異郷を彷徨しながら、生活は貧困、社会主義への憧れ、特に大逆事件は彼を現実改造に専念するようしむけた。啄木の朝鮮観は現実的で、政治的であったと思われる。一般に明治の作家は国家と個人が常に彼らの念頭にあったことが森鴎外、夏目漱石、石川啄木にも例外ではなったことがわかる。 大正の作家宮沢賢治は1929年作と推測する口語詩「鮮人鼓して過ぐ」を発表し、次いで文語詩「鼓者」、さらに「いたつきてゆめみなやみし」に改作された。 病床の身の賢治は一列の軍隊(朝鮮農楽隊)への関心を表明した。生まれつきの同情心、正義感、法華経精神による人間平等の思想、博愛精神がこれらの詩に込められている。つまり、賢治の朝鮮観は同情的、文化芸術的である。 以上、部分的に四人の作家の例をあげたが、果たしてすべての日本人作家に拡大しても良いか。筆者はこれを肯定的に理解する。文人達の朝鮮認識それは一般の日本人のそれとほぼ同一だと思われる。
참고문헌 (11)
- 朴慶植, "朝鮮人?制連行の記" (1965), 未?社
- 朴春日, "日本近代文?における朝鮮人像" (1909), 未?社
- 최재철, "일본 문학의 이해" (1995), 민음사
- 石川啄木, "日本文?系 23" (1969), 角川書店
- 高村光太??宮?賢治, "日本文?大系 36" (1969), 角川書店
- 夏目漱石, "漱石選集 16、29、35" (1979), 岩波書店
- 分銅惇作, "宮?賢治の文?と法華" (1993), 水書坊
- 宮?賢治, "宮?賢治文語詩の森 ?究?編、柏書房", ~ (1999)
- 宮??六, "兄のトランク" (1997), 筑摩文庫
- 森?外, "外選集 4、10、13" (1979), 岩波書店
- 森?外, "佐橋甚五", ~ (1913)
