「여자를 가르치는 법(敎女子法)」을 통해서 본 여성의 삶과 정체성
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초록
本論考で筆者は、日本の近代初期の女性たちの生き方と、アイデンティティを考察するために、女訓書の一つである「教女子法」に焦点を当てた。とりわけ「教女子法」から女性である当事者が著した小説である『十三夜』を取り上げ、そこでどのようにそれらを取り入れていたのかを考察することにした。貝原益軒は、「教女子法」のなかで、三従七去の教えを重視していた。具体的に其の内容を見てみると、貝原は、女性が結婚することで生じてくる人間関係、つまり、夫との関係、舅姑との関係、息子、娘との関係などに重みをおき、女性の抑圧し規定する徳目を逐一羅列し、指摘した。そして、そのような抑圧を受けている、女性当事者による小説、とりわけ『十三夜』では、女性主人公が、三従七去論理をそのまま実践していたのである。お関は、結婚する前に、愛していた録之助がいたが、結婚には至らなかった。すなわち、お関と録之助は、当時時代という背景に押し潰されて、それぞれの自律的な判断と意思による結婚を成し遂げることができなかった。つまり、自分の判断と自由による結婚が成し遂げられなかった明治という時代とはいえ、個人の「自我」を発見することが出来なかった点に問題の所在があった。つまり、この小説のなかでは、現実に安住させるような、論理が一貫して主張されていて、自由意思による自我を自覚することが出来なかったケースでもあった。ましてや、お関は7年の間、夫の無視と虐待に耐えながら、女性の美徳を守り続けた。ところが、耐えきれなくなり、ついに離婚を決心した。これは、違う表現をかりれば、お関は社会の観念を破って、離婚を決心することで、自我という世界を改めて開くチャンスをえることが出来たのである。しかしながら、親が強要する女性の犠牲というものに心を妥協し、家庭という制度の中に戻ってしまった。結局、『十三夜』のお関は結婚という現実の制度を打ち破って外部の世界へ移動することが出来なく、内部の世界に妥協し、埋没されてしまう結果になってしまった。女性という規範、つまり、三従七去という徳目の地場から自由になれなくなり、それを受容してしまう女性であったと言えよう。言い替えれば、自覚するきっかけをもったにも拘らず、現実の制度の中に収斂されてしまい、主体というものを新しく形成することを成し遂げられなかったのである。現実の枠のなかにとじ込んでしまった、自我を改めて確認する事ができたのであろう。
참고문헌 (10)
- 金彦淳, "朝鮮時代 女訓書에 나타난 女性의 正體性 硏究", 박사, pp.2005
- 신선향, "『십삼일 밤(十三夜)』의 세계 in : 일본문학과 여성" (2005), UUP(울산대학교 출판부)
- 劉向, "(역사를 바꾼 여인들)열녀전" (1994), 자유문고
- 이숙인, "여사서" (2003), 도서출판 여이연
- 채성주, "근대교육형성기의 모성담론" (2009), 학지사
- 貝原益軒, "敎女子法 in : 貝原益軒集" (1913), 國民文庫
- 熊谷巽堂, "日本列女傳" (1913), 明治出版社
- 坪內祐三, "十三夜 in : 明治の文学 樋口一葉 - 第17卷" (2000), 筑摩書房
- 鶴田新藏, "敎訓" (1914), 婦人文庫
- 早川紀代他, "東アジアの國民國家形成とジェンダー─女性像をめぐって" (2007), 靑木書店
