『가게로닛키(蜻蛉日記)』와 『한중록』의 횡단성(transversality) ― 가네이에(兼家)와 사도세자의 성애(性愛)를 중심으로 ―
A Study on the Transversality in the Women Diary Literature of KAGERONIKKI and HANJUNGROK
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『蜻蛉日記』と『閑中録』という記録に表れた二人の男女の個性及びアイデンティティを把握し、異なる二つの文学の共感、多様性、共通性などの横断的な特性を考察した。我らが抱えている生の痛みである性愛の真実を、2世紀前と10世紀前に同様に告白した二人の女性の記録を通して調べようとした。特に男性中心の社会で恣行された性的横暴と、それによる男女力学関係の一媒介体と作用した‘仕立物と衣帯症’の関連性を追跡した。二人の女性作家の生涯と作品に決定的な影響を及ぼした兼家と思悼世子の疎通可能性を残しておいて、相互理解と、ある共感を予想しながら進行してみた。兼家と思悼世子が見せた愛慾とサディズムの様相は、家父長制の一夫多妻の男性権力社会が生みだした病的な症状だった。道綱母は970年頃まで兼家の愛慾に反抗してしつこく批判し続けた。権威主義の矛盾に最後まで屈服しなかったとも解釈できる。日記下巻972年頃から見せた作者の行動は、兼家に対する理解․容赦․諦めが起因したのではなく、曲げることのできない自分の最後の信念から出たとみられる。作者の夢は実現できなかったが、男性中心の絶対性に対抗して内面の自我を回復することにより、生の勝利者になるため、自尊心を守った。これに対して恵慶宮は最初から思悼世子に異性としての期待はしなかったようだ。愛を捨て息子を選んだ非情な作者は朝鮮最高の女性となったが、先に逝った思悼世子より五十余年長く生きて‘憎悪の書’を記録しなければならない苦痛を経験した。恵慶宮は『閑中録』の中で世子に恥じることはないと叫んでいるが、世子に向けた愛に限っては‘失敗の書’として残ると思う。反抗する我執強い相手に二人の男性は執着した。それは母性愛の欠乏による絶え間ない不安の表れだった。兼家は縫い物を絶えず送っており、思悼世子は数十着の服を燃やし、惠慶宮の暖かい手助けを待ったのかも知れない。反対に二人の女性は妥協せず信念を曲げなかった。時を越えて今も同時に存在する性愛に対する葛藤に共感するしかない。生の終わりに、‘縑の雛衣’に愛をこめて送った『蜻蛉日記』と、‘最後の竜袍’に愛をこめた『閑中録』は、異なる二文化間の境界線を横切る真理の交差点だ。また、二つの作品は、性愛の真理について相互間の文化的な考え方を提示してくれる、女性内面の記録であることを改めて強調したい。
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