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논문KCI 등재

다자이 오사무(太宰治)의 문학연구 -기독교관을 중심으로-

太宰治の文学研究 -キリスト観をめぐって-

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주제분류일본어와문학

초록

太宰治の作品には聖句を用いた作品が非常に多い。作家生活16年間約150編あまりの作品のうち、聖句が用いられた作品は60作あまり、及び聖句ではないかと思われる言葉や、神について述べた言葉を用いられた作品を合わせると全作品の半分に至る。太宰はどうして作品に聖句を用いたのであろうか。それを究明するために、‘太宰治と聖書’又‘太宰治と基督教’についての研究が活発に進んできた。それほど基督教は太宰文学を理解することにおいてより根本的なキーワードになっているからであると思う。‘愛といふ単一神を信じたく内心つとめてゐた’太宰が、世の中にありふれている有名な思想家の格言や故事成語などから引用してもいいことばが多くあるにもかかわらず、聖書の言葉を敢えて引用したのは、彼は聖書からただならぬ真理を見付けたからではないかと思う。聞いたこともないことを聞き、全く期待もしなかったことを聖書を通して悟り、その真理を作品に持ち込んで何かのメッセージとして伝えようとしたのではないか。この論考は、そういったメッセージについての考察を中心として太宰と聖書研究を試みる。太宰は無教会主義というキリスト団体の人たちとの交流を通してキリストに接した。無教会主義はとても聖書的な面が強い団体であることに注目しなければならない。太宰が聖書から認識したものは果たして何であろうか。太宰は聖書を通して自然さを感じてから、彼の文学世界は自然と人工、即ち神と俗世の二つの世界が明確に二つに分けられたことを認識したのである。太宰が聖書に接した動機については、非合法運動の離脱からくる裏切者認識が作用したからではないかと思うのが、一般的な見方である。すると裏切者認識というのは結局罪意識から生じるものではないか。聖書との出会いは罪から始まるのだという。キリスト教のはじまりは罪の問題がその根本になっているからだという。太宰は聖書の世界を通して罪意識から逃れる希望の光を見つけたと言えよう。太宰が作品にはじめて引用した聖句は‘偽善者’である。この言葉は自分と世間の人々に投げ掛けた言葉であると思うが、当時太宰の極めて波乱万丈な過去や現実は彼をどんどん首絞めていく状態に追い込んでいたが、ちょうどその時聖書のキリストというメントを通して自我省察や自愛の機会を迎えることになる。自虐から自愛へと考えが変わった太宰は、当時は戦時であったにもかかわらず旺盛な創作活動をして、‘無報酬の行為’である純粋なキリストの愛を目指していたし、‘明日のことを患うな’という‘言’をしっかりと捕まえて‘新郎の心で生きて’いこうと念入りをしたりした。太宰は聖書を通してキリストを知った。ひたすらキリストだけにすがった。人間らしい人間になる人格をキリストから学びたかったであろう。それから太宰は作品を通して自分で悟ってきたキリストのことばを信仰告白書としてキリストの痕跡をのこしたかったであろう。無教会主義と「聖書知識」についてのより詳しくて綿密な研究を今後の課題として残す。

Abstract

In Osamu Dazai's work, many quotations from Bible attract people's attention. Why did Dazai quote many parables from the Bible?To investigate this, 'Dazai Osamu and Christianity' had been studied continuously. Such that, Christianity is the fundamental keyword for understanding Dazai's literature. Dazai met the Bible thru interacting with a unique Christian organization such as 'nonchurch activists.'Dazai's guilt for his unfaithful, twists and turns of stormy past might be part of their motives. In the meantime, his hypocritical behavior, anxiety, fear and etc. had been turned into a commitment of changed appearance, behavior and mind thru the character of Christ. He heard surprising words which had never been told from the Bible and realized the unexpected wonderful world thru it. So, Dazai quoted words from the Bible in order to apply the learned truth from the Bible into his works and wanted to convey the messages of truth to the readers. Therefore, the Bible was studied focusing on the consideration of the messages. Whether Dazai read the Bible in the gospel or in the commandments is unimportant. In addition, whether his real life was truly sincere or not is not an issue to argue about. Dazai thought the reality he couldn't practice in his life was identical to the other people facing. Therefore, Dazai wanted leave his work quoting Christ in order to confession of himself as a confession of faith and leave a trail of Christ. Dazai thought Christ was his mentor, and tried to run toward the mark of Christ. Hence, Tsukamoto torajiui's 'Bible knowledge' magazine which had lead Dazai to the Bible will remain as a task which would require more thorough research.

참고문헌 (21)

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  18. 山内祥史, "二十世紀旗手・太宰治-その恍惚と不安と-" (2005), 和泉書院
  19. "NIV 한영스터디성경" (2011), 생명의 말씀사
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