太宰治와 聖書
Tazai osamu and "The Bible
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Abstract
太宰治文学作品は熱狂的に肯定するか又は嫌悪し否定するかの二つの部類に大別される様である。前者は青春特有の純粋さと汚辱のなかに不安なる人生に立ち迷う若者に人間の感情と思想の原型を織りなしているからであり、後者は太宰が情死に至るまで4回に及ぶ自殺企図と意思が弱く計画性、克己心もなく人間としての生を営むために必要な能力を欠いた性格破綻者であったからであると推測されるのである。 しかし太宰にも太平洋戦争末期の所謂生活至上主義者としての中期作品には健全な文芸性溢れる秀作が数多く出版されている。特に日本文学者としては比較的に数多い聖句の引用が彼の作品に目立つ。『人間失格』には次の如く提示されている。「自分は神にさへおびえてゐました。神の愛は信ぜられず、神の罰だけを信じてゐました。」太宰にはキリスト教は自身に対する生の救済に非ずに彼の罪をはっきりと照らし出す鏡の役割だったというのである。宗教の本質は罪の存在証明と同じくその生の救済にあるという事実と考え合わせると太宰のキリスト教観が如何なるものでありまた彼が愛好した聖句は如何なるものであるか。彼をして上記の特異なキリスト教観を抱かしめた背景と聖句が彼の文学表現に如何なる役割を演じているかを考察する事にした。 先ず異端者としての彼の精神形成過程を『思い出』から追跡した。母親へのimage分裂と共産主義運動參加と転向過程を通して苦悩の自覚と罪の存在自感が彼のキリスト教観確立に作用したことを考察した。 『狂言の神』と『駈込み訴へ』の作品分析を通して太宰が聖書を福音的に読まず聖書の核心なる『贖罪者キリスト』に出会えず単なる文学的聖書読みに終始する過程を見る事にした。 太宰が生得的性格と大地主の6男という特殊な生活周辺状況、病弱な母親へのimage分裂は彼の人間関係の違和と不安を招來し、又共産主義運動參加へ否定的に作用し遂には彼の狂亂の前半生が繰り広げられた。安息と平和を共有し得ず不安と罪責感を原体験する事により故郷喪失と追放の観点から彼の文学は形成された。 「なんぢ心を尽くし精神を尽くし思いを尽くして主なる汝の神を愛すべし」を等閑にし、「おのれの如くなんぢの隣を愛すべし」だけに縋りついた。 キリストの隣人愛は心を尽くして神を愛する事により人間を愛する心が神の恩恵により強化され行動化するのであるが、彼は人間を愛する為には自身を愛するべきだと考えた。ここに太宰が神の福音として聖書を信仰的に理解するに至らない事実が存在するのである。 太宰が神の福音として信仰的に理解するに至らないもう一つの要因は、彼は教会に出席して又牧師の説教を聴くということがなく単なる聖書読みにだけ終始した事にある。これは文学的な接近方法としては一理もあるが、宗教的にはやはり異端というべきである。
참고문헌 (13)
- "太宰治Ⅰ : 日本文学研究叢書" (1987), 有精堂
- 作田啓一, "続近代文学2" (1975), 朝日新聞社
- 響庭考田, "太宰治", 鑑賞日本現代文学, (21) (1981), 角川書店
- 三好行雄, "別冊国文学2" (1980), 学灯社
- 太宰治, "晩年" (1976), 講談社
- 太宰治, "人間失格" (1986), 新潮文庫
- 太宰治, "人間失格" (1976), 講談社
- 太宰治, "狂言の神" (1976), 講談社
- "성서" (1977), 대한성서공회
- "国文学 解釈と鑑賞 1․2" (1877), 至文堂
- 太宰治, "東京八景" (1941), 実業之日本社
- 太宰治, "虚構の彷徨" (1976), 講談社
- 講義資料, "太宰治小説選"
